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親知らず 7
広瀬は親戚中に電話をかけて自分の歯のことを聞いて回っている。
ノートに手書きで一覧表を作り各人のコメントを整理している。仕事と同じような精密さだ。
こうやって情報を整理して、穴埋めをちまちましていくのか好きなのだ。あの細かい地図を作るのと基本は同じだ。
時々東城は広瀬の話を聞いた。
これも仕事と同じで、広瀬はよく報告のように話をした。自分のことというよりも、他人の事件を追っているようだった。
広瀬は、自分から雑談をするのが苦手だ。余程相手に慣れないと自分から話を切りだしたりはしない。
だが、集めた情報を話すことはする。質問には答える。答えたくないときは平気で無視するが。
そんな報告のような話を通して、東城は今まで知らなかった広瀬の幼い頃のことを知った。
よく一人で出かけてしまって迷子になるので、近所の地図を父親が買ってきたこと。
壁に貼って地図の読み方を、迷った時に探す目印を教えてくれたこと。
母親とお弁当をもって近所を散歩したこと。家族旅行に行って見た湖が美しかったこと。
断片的だが、確かにわかる、幸せな家族だ。突然の悲劇がなければ、広瀬はそこで穏やかに成長しただろう。
話を聞いていて分かったことがもう一つあった。どうでもいいことではあるが。
広瀬のコミュニケーション能力が低いのは幼い頃に両親が殺されたショックが原因なのではないかと東城はひそかに思っていた。
幼い頃の事件の衝撃が、彼の心のどこかを閉じさせているのではないかと勝手に想像していたのだ。
だが、広瀬の話を聞いているとそれはやや見当違いだった。
「お前って、なんていうか、問題児だった?」とある時思わず聞いてしまったくらいだ。
子供のころの広瀬は、自分の興味のままに生きているかなりな自由人だ。
集団行動からは縁遠い。興味のままに動き、勝手にどこかに行ってしまう。そして、迷子になったりする。
大勢の子供のめんどうを一度に見なければならない幼稚園や学校の先生からするとやっかいなガキだ。大人になった今でも、その片鱗はある。
広瀬は、東城の問いにあいまいな返事しかよこさなかった。図星だったのだろう。
考えてみれば、人間の性格が、きれいな因果関係とともに形成されるはずはないのだ。
両親の事件は、彼のコミュニケーション能力にもちろん影響を与えたが、それが全てではない。
もともとあった性質を増幅する要因の一つにすぎないのだ。さらにいうと、広瀬の両親や彼を育てた伯父夫婦の優しい家庭環境が、広瀬の人に同期しない性質を緩和したということもいえるのだ。
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