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親知らず 8
ある日の夜、広瀬が東城に手紙をみせてきた。
珍しい手書きの封書だ。広瀬の父方の親戚からのものだということだ。
そこには、広瀬が知りたがっている歯の治療に関する推測について書かれていた。
広瀬は、両親の事件直後、2週間ほど入院していたというのだ。歯の治療はその時のものではないかと書かれている。親戚中誰も知らない治療があるとしたら、その時だろう、と。
「入院していたのか?」東城は手紙を読んで広瀬に聞いた。
「らしいです。俺は覚えていませんが」
「覚えていない?」そういうこともあるのだろうか。
広瀬はうなずいた。「あの時のこと、全然覚えていないんです。学校に行って、気が付いたら、もう両親はいなくて、伯父さんのところで暮らしてた、みたいな感じです」
「ショックだったからだな」
人は衝撃的なことがおこるとそれを忘れることで衝撃を回避するらしい。幼い子供がいきなり両親を失ったら、そんなことがおこるのも当然のように思えた。
手紙には、入院していたときに何があったのか、自分たちは知らないと書かれていた。
広瀬の親戚は、皆、警察に対して相当な不信感をもっている。その手紙の書き方も穏やかなものではなかった。
広瀬は、保護と治療の名目で、警察の施設に入院していた。最初のうちは、そんなこともあるのかと親戚たちは思ったのだが、3日目になっても面会もさせてもらえないことに対して、異常を感じたらしい。
警察からは、ほとんど説明がなかった。親族として面会を求めても、巧妙に躱されたのだ。最終的には、弁護士に依頼し、面会を要求したのだという。そして、弁護士とともに協力してくれる小児科医を連れていき、入院先で診断をしてもらい、やっと、広瀬を引き取ったのだ。
広瀬の親戚は、彼を取り返した、という書き方をしていた。
東城は、その手紙を読み終えて、広瀬に返した。
「これ、本当の話なのか?」
「親戚によれば、ですけど」と広瀬は答えた。「伯父夫婦も同じ話をしますし、ほかにもこの話する人がいるから、そうなんだと思います。時間がたってるから、大袈裟に話がふくらんでいる可能性もありますが」
「尋常な話じゃないぞ。子供の両親が亡くなってて、親族が誰も会えないって。何があったんだ」
「親戚の話では、当時の捜査では、自分たちの誰かが犯人ではないかと疑われていたと言っていました」と広瀬は答えた。
「なるほど。いろんな可能性は排除はしないだろう。だけど、それとこれとは別だ。確かに、お前の親戚がいうように、この入院中になにかあった可能性はあるな」と東城は言った。「こういうことって他にもあるのか?お前自身の身の回りで、不可解なこととか」
「今は、思いつきません」
「その奥歯の物質とお前の両親の殺人事件と、なにか関係しているのかな」
「俺もそうかもしれないと思って」と広瀬は言った。「もしそうなら、手がかりかもしれません」
「警察庁のおじさんたちにはこの話はするのか?」
警察庁のおじさんたち、というのは、高級官僚だった広瀬の父親の同僚の友人たちだ。今は、かなり偉い地位にいる。父親を失った広瀬の後ろ盾のような存在だ。広瀬は定期的に彼らに会っている。
広瀬はしばらく考えた。「わかりません」と彼は答えた。「話すにしても、もう少し何かわかったらにします」
「その方がいい」と東城は広瀬に言った。広瀬の父親は警察庁のキャリアだ。その死について気安く警察関係者に話すことは賢明ではない。
「これから、俺が入院してた時に親戚が診察を依頼した小児科の先生を探すつもりです」と広瀬は言った。
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