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続 親知らず 1

冬の初め、深夜に電話が鳴ったような気がした。気のせいだったのかもとうつらうつら思ったら、東城が声をひそめて返事をしていた。 彼は電話に答えながら静かにベッドから降りた。下着を手探りで着ている。 広瀬は身じろいだ。手を伸ばして、東城のために灯りをつけた。 彼は、広瀬のスイッチを入れた手をなで、指先に軽くキスをした。 「事件ですか?」 「いや。祖父が、危篤なんだ。美音子さんの医療センターに行ってくる」と彼は答えた。 そして、着替えた後で、広瀬のために明かりのスイッチを切り、音を立てずに寝室から出て行った。 翌朝、スマホを確認すると、メールが入っていた。市村の祖父が亡くなったということ、葬儀や片付けがあるのでしばらくはマンションには帰らないということが書いてあった。 石田さんもいろいろな行事や来客関係の手伝いがあるから、当分東城のマンションにはいけないだろうということだった。 広瀬は仕事で、管内で起こった強盗傷害事件の捜査が続けていた。 3人の若い男のグループが、デートをしている男女にからみ、金品を脅しとったのだ。抵抗しようとして男は殴られた。奪われた金額はたいしたことはないが、調子に乗って再犯になる可能性はある。 広瀬と宮田は、事件が起こった現場付近で聞き込みを続けていた。犯人グループは車で移動しており、大井戸署の管轄外から来ているのではないかと推定されている。 気候は寒くなってきており、夜になると車から出たときに風が冷たい。 宮田は上着のボタンを留めた。そろそろコートがいるなあと呟いていた。 この時間帯に遊んでいるグループに事件のことを聞いて回っているのだが、今日は空振りだった。広瀬が探している若い男のグループのことを知っているものはいなかった。 広瀬がその日の報告を車の中で記録していたら、宮田が運転しながら聞いてきた。 「東城さんのおじいさん亡くなったって?」 「え?」宮田が知っていることに驚いた。 「夕方のニュースに出てるぞ」と宮田は当たり前のように言った。 「ああ」と広瀬は答えた。自分もスマホでニュースを見てみる。大きなニュースで大手医療グループ市朋会の名誉会長市村剛の死が伝えられていた。 「読んだ?俺、詳しくなかったんだけど、そうやって記事になってるのみると、すごい人がおじいさんなんだってわかった」 広瀬は、ニュースに目を走らせる。 東城の祖父の市村剛の略歴が記載されている。 田舎からでてきた徒手空拳の青年が、苦労して医大に入り、小さな診療所の跡取り娘と結婚する。その診療所を足掛かりに、病院を作り、全国展開をした。現在は、傘下の多数の病院経営だけでなく、医療機器や美容、健康にかかわるビジネスを展開する巨大グループとなっている。 市村剛自身は、最近は病気のため第一線は引いていたが、グループのみならず医療界の重鎮であることに変わりはないという記事だった。政治家、厚生労働省、製薬会社、大学などの人脈も豊富だったそうだ。ある時代の傑物だという評価だ。 また、記事には、家族のみで通夜と葬儀が行われ、別途医療グループでお別れ会が行われる、と書いてあった。 「葬式に行くの?」 「まさか」と広瀬は答えた。考えたこともなかった。 「すごい人来てそうだけどな。偉い人もヤバい人も」と宮田が言う。「記事見ると、昔は病院建設でかなり闇があったみたいだぜ」 確かに、ほかのサイトの記事には、グループを大きくするために、グレーな活動が多い人物であったとも書いてある。過去には闇社会とのつながりもあったと。 「時代だよな。今だと考えられない」と宮田が呟くようにいう。「他にしゃべるやついないから言うけど、記事だけ見てると、東城さんちって2時間もののサスペンスドラマか映画にでてくる『なんとかけの一族』みたいだ。ああいうの読むと俺は庶民でよかったって思うよ」そう言ったあとで広瀬に気を遣うように言う。「なんてな。お前は大変だよな」 「俺には関係ないことだから」と広瀬は答えた。 「そうか?だったらいいけど」 宮田は何を想像して、どんな心配をしているんだ、と広瀬は思った。 東城の家と自分とは、全く無関係だ。接点も、ない。ほぼ、ない。東城の姉に短い時間会ったことがあるくらいなのだ。東城の家族が、広瀬と東城の関係のことをどこまで知っているのか、どう思っているのか知らないし、知りたいとも思わない。

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