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続 親知らず 2
だが、その夜、東城から珍しく弱気なメールが入ってきた。
内容はさして意味がない、淡々としたつぶやきに近いものだった。明日に行われる通夜のことが書いてあった。何気に通夜の会場が書いてあるあたり、来てほしそうだった。
広瀬は長い時間迷った。東城の姉の美音子のことは知っているが、彼女以外の東城の親族と顔を合わせたくはない。
東城だって来てくれとはストレートに言ってきていないし、広瀬が行かなくても何も思わないだろう。仕事が忙しいことも、親族に会いたくないことも十分理解しているからだ。
でも、考えたあげくに広瀬は行くことにした。通夜に行くだけなのだ。ほかの来客に交じってしまえば目立たないし、気弱な感じの東城に少し声をかけられればそれでいいのだから。
翌日、仕事を片付けることがなかなかできず、会場についたのは、かなり遅い時間だった。身内だけの通夜とはいっても、会場は大きく、関係者が何人も行き来していた。
駐車場には黒塗りの高級車が何台もとまっている。広瀬が会場についたときも、1台が車寄せにすべりこんできて、運転手が後部座席のドアをあけると恰幅のいい喪服の男と妻らしき女性がでてきた。二人は行き交う人に挨拶をしながら、会場に入っていく。広瀬もその後ろに続いた。
通夜の法要は既に終わったようだった。
受付に行くと喪服の若い女性と男性がいる。
広瀬は、受付でこのたびはご愁傷様です、といったような決まり文句を並べた。香典を差し出し、記帳は適当に書いた。
受付を済ませると、「みなさまあちらに」と通夜にふさわしい小さな声で男性が言う。示された先に行くが、ドアが並びどこに東城がいるのか、わからない。人が出入りしている大きな両開きのドアの前に行くと、会場の係の人が開けてくれた。
中には予想以上に大勢の人がいた。ほぼ喪服で、あちこちでグループをつくり食事をしたり、話をしたりしている。声はひそひそしているが、重なり合っていて、それなりにうるさい。
ドアの前に立つ広瀬に何人かが気づいたようだ。そして、ほとんどの人が怪訝そうな顔をしている。あからさまに隣の人をつついてあれは誰?と聞いている人もいる。
この場にいるのはほぼ親族と事業の関係者で、完全に見知らぬ人物はいないのだろう。
広瀬は会場内を見渡した。東城がいたら背が高いのですぐにわかるはずだと思ってきたのだが、そう簡単ではなさそうだった。ここまで来て探さないというのもないだろうと思い、できるだけ壁にそって歩いた。
通り過ぎると、さりげなくだが、じろじろ見られているのがわかる。
さらに、会話がそれとなく耳に入ってくる。
ほとんどが親戚同士の近況の話、たまに仕事の話だ。こんな場だからおおっぴらではないが、軽く笑いながら話している人もいる。喪服とひそひそ声がなければ、何かの懇親会のようだ。
泣いているもの、哀しそうなものはいない。おそらく、話も故人に関するものはない。
偉い人の通夜に来たことはないから比較はできないが、会場の雰囲気はどことなく重圧がさった気楽さのようなものがある。
市村剛という男が家族や関係者にどんな影響があったのか、話を聞かなくてもわかる気がした。
ふと、以前会ったことがある東城の親戚の藤花隆平がどこかにいるのではないか、と思った。
市朋グループのパーティーによく呼ばれていると言っていた気がする。彼がこの場にいて、自分をみつけなければいいのだが。
幸い、彼に会うことはなかった。広瀬は東城を探した。
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