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続 親知らず 3

通夜振る舞いの会場に東城はいなかった。教えられて広瀬は会場を出て廊下の奥に進んだ。花の香があふれるほどに強い。亡くなった老人が眠る祭壇がしつらえてある部屋があった。 多くの花で飾られた立派な祭壇には、にこやかだが厳しそうな顔の老人の大きな写真が飾ってあった。 棺の近くで、一人、東城が座っているのがみえた。 その場には他に人はいない。 広瀬が入ると人の気配に気づいたのか、振り返ってきた。そして、広瀬を認めるとわずかに微笑んだ。 「来てくれたんだな」と彼は言った。広瀬はうなずいた。 広瀬は、焼香をして、祭壇に手をあわせた。 東城は、ぼんやり彼と祭壇をみていた。じっと座ったままだ。彼の横に座ると「食事は?」と聞いてきた。 「いえ」 「なんか向こうで食ってきたら。腹減るだろう」 「いいです。あの場にはいにくですし」 東城はちらっと広瀬をみる。「まあ、そうだろうな」といった。 長い間、東城はだまっていた。 死者を弔うというのはこういうことだ、と広瀬は思った。この広い葬儀場の大勢の親族の中で哀しみをたたえているのは、東城だけのようだ。 親族の多くは、死者を悼むというよりも、どこか、いなくなったことで得られる自由を楽しんでいるようだ。そんな雰囲気は広瀬にもわかる。 市村剛という男は、おそらくかなりな強権で一族を支配していたのだろう。 この怖そうな祖父とは東城は親しかったのだろうか。広瀬は、東城のとなりに座った。 しばらく時間が流れた。 「俺、ガキの頃すげえ悪くて」と東城がふといった。「ろくなことしてなかったんだ」 広瀬が聞いてるのかどうかもよさそうに、東城は低い声で話をした。

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