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続 親知らず 11
東城は葬儀後の後片づけなどいろいろな処理が必要なため祖母の家に母親と一緒にしばらく泊まるらしい。本庁にはそこから通うということだった。長年連れ添った夫を失って一人になった祖母の近くにいたいとも。
またまた寂しそうな調子で、祖母や母がお前にゆっくり会いたいと言っているから時間があれば来ないか、とメールしてきたが、その手にはもうのらないと広瀬は思った。
あの時、確かに東城は一緒にいてほしくて広瀬を呼んだのだろうが、その機会を利用して、家族と会わせられ、紹介されるとは思わなかった。
広瀬は、しばらく自分のアパートに戻った。一人の時間は落ち着く。仕事と家の往復だけの生活は安定していた。
この前から探していた強盗グループは、別な交通事故をおこし捕まっていた。広瀬と宮田は被害者と容疑者の話のすり合わせの作業に忙しい。
いつものように仕事を終えて遅い時間に大井戸署を出て駅に向かって歩いていると途中で電話が鳴った。見ると東城からだった。
「はい」と返事をした。
「今、近くまで来てる」と彼は言い、駅から離れた駐車場を告げてきた。
広瀬が仕事を終えるのを見計らってかけてきたわけではなく、夜になったら15分おきに電話をかけてきたのだ。東城は結構そういうことをする。以前「俺って重い彼女みたい?」と自分で自分のことを言っていた。
東城は自分の家に戻るという連絡をしてきていたのだが、広瀬はなんとなく自分のアパートの方が居心地がよくなってしまい、返事をしないでいた。しつこく電話してきたのはそのせいだ。
駐車場で、東城が自分の車に乗って待っていた。助手席に乗り込むと手を伸ばされた。頬に触れられる。
「冷たいな。寒そうだ」と言われ、軽く唇にキスを落とされた。彼の唇も自分のも乾いている。
すぐに、前をむいて車をだした。「石田さんも忙しくなくなったから、今日から、ご飯つくってくれてる」という。
「そうですか」と広瀬は返事をした。
「そうそう、この前、来てくれてありがとう。母も祖母も喜んでたよ。美音子さんが挨拶したかったって言ってる」
「そうですか」
東城は軽く笑う。「今度は何に怒ってるんだ?最近、俺からの連絡に、お前が返事しない理由が、怒ってるからなのか、単に面倒なのか、そもそも気づいてないのかがわかるようになってきた。今日は、怒ってるんだな」
広瀬は、はっきりと言うことにした。「俺は、東城さんに会いに行っただけで、東城さんのご家族にああいう形で会いたくなかったですね」
「ああ、恋人って紹介したのが気に食わなかったんだ。じゃあ、なんて言ったらよかった?親しい友人?同僚?大事な自分の恋人について、母や祖母に嘘を伝えたくない。本当はもっと前に紹介したかったんだ。祖父にも、」
「東城さん」と広瀬は彼の言葉を遮った。めったにないことなので、東城は少しだけ驚いたようだ。
「なに?」
「東城さんは、いつも、自分はこうしたい、これはしたくないといって、そのようにふるまいますけど、そうやって自分の意思を通したいのは東城さんだけじゃないです」
「どういう意味?」
「俺は、嫌でした。あんふうに突然、俺になんの断りもなく」
東城はしばらく黙った。反省したようだ。
「悪かったよ」と彼は静かに言った。「事前に伝えるべきだったな。でも、もしそうしたら、お前、俺の家族に会ってはくれないだろう」
「そうですね」と広瀬は答えた。
車は静かに街を走る。外は冬景色だ。ビル1階に並ぶ店舗の看板も電飾も冬仕立てに代わっている。ところどころが暖かい光を放っているので、よけい寒々しく見えた。
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