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続 親知らず 12
マンションについてから、広瀬は、久々に広い浴室を使い、石田さんの食事を食べてソファーに座って休んだ。長い間いなかったのに、自分はすっかりくつろいでいる。この空間に慣れてしまっているのだ。
東城は何度か電話をしていた。仕事だと書斎に行って応答することが多いが、広瀬の横でソファーに座って話している。
親戚からのようだ。親しげではないから、彼の母や祖母、美音子さんではなさそうだ。話は長いものもあり短いものもあった。大半は事務的な連絡や問い合わせ対応だ。あの書類は今だれが持っているのか、次の会合はいつなのか、弁護士との話はどうなっているのか、税理士の電話番号は、といったものだ。今までこんなに多くの親戚と彼が話しているのは見たことがなかった。
一通り電話が終わると東城は広瀬に話しかけてきた。
「祖父の具合が思わしくなくなってから、祖母は気が弱くなってるんだ」
あまり聞く気もないが、東城の話は勝手に耳に入ってくる。
この前みたお祖母さんは堂々としていてとても気弱になった感じにはみえなかった。が、そういうものは相対評価だ。以前はもっとすごく立派で、今はそれに比べてそうではない、ということなのだろう。
「祖父母はずっと一緒に暮らしてて、夫婦で、ビジネスパートナーでもあったから、気落ちしちゃったんだと思う。そういうのは、わかるだろ」と彼はだらだら話を続ける。聞いてほしいのだろう。「いつも溌剌としてた祖母ががっくりしちゃったら、母も落ち込んじゃって」と彼は言った。
「自分のお父さんが亡くなったら、落ち込むのは当然じゃないんですか」と広瀬は答えた。
「そうだよなあ。母は、祖父のこと嫌ってたみたいだから、まさかあんな風に暗くなるとは思わなかったよ」と東城はうなずいた。「俺のお母さん、仕事人間で、息子の俺が言うのもなんだけど、医者としては超一流なんだけど、それ以外のところは、ちょっと天然なところがある人なんだよ。万事気にかけないっていうか。気にしてるんだろうけど、ずれてるっていうか。普段そんな人が、意気消沈してるから、心配で。もっと前に帰ってくるつもりだったんだけど、向こうにいるのが長くなった」
そのことを話したかったのだろうか。広瀬はうなずいた。「長くいてあげてもよかったんじゃないですか」
「お前も、俺の相手をせずにすんで気楽だから?」と東城は笑う。
いつもならそこで終わる話が、今日は終わらなかった。彼は真面目な話に戻った。
「うちは家族でビジネスしてるから、身内の利害関係者が多いし、完全にビジネスライクに物事がすすまない。だから中心にいるとストレスがかかるんだ。身内同士の方が容赦なくなるしな。祖父が亡くなる前から、ごたごたはしてたんだけど、今は本格的に対立してる」と彼は言った。
「今までは祖母がにらみをきかせてたけど今は弱ってるし、母はグループ内で責任ある立場だけど祖母みたいなことできるタイプじゃない。かといって、無関係でもいられない」と彼は言った。
広瀬は、じっと東城をみた。話の流れを追う。どこに行きつくのだろうか。
「母には味方が、傍にいてサポートする人間が必要なんだ」話すトーンはいつもと同じだ。穏やかで低い。「俺に今の仕事を辞めて、市朋会に来てくれないかって頼んできてる」
広瀬はすぐに聞いた。「辞めるんですか?」
東城は肩をすくめた。あいまいな表情をしている。「考え中」と彼は言った。本気で迷っている顔だった。迷うということは、仕事を辞める確率がゼロではないということだ。
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