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続 親知らず 13

その夜、彼が広瀬を背中から抱いてきた。強い腕が自分の前にまわる。 「辞めるんですか?」ともう一度広瀬は聞いた。 辞めてほしくなかった。 もう部署も違うし、一緒に仕事をするということはないだろうけれど、彼が同じ組織で働いているのが当たり前になっていた。それ以外の彼を想像できなかった。 それに、彼は今の仕事が好きそうだった。厳しいことも多く、時間も生活も融通がきかないことばかりだが、活き活きとしていた。その仕事を辞めて家族に捕らわれてほしくなかった。もし、仕事を辞めてしまったら、全然違う人になってしまうような気もした。 彼が呟くように先ほどと同じ答えを言った。「考え中だ」 広瀬は首を後ろに回した。 「でも、東城さんの人生でしょう?」 そう口にした後で、言った自分に戸惑った。 すごく良く知っている友達や親族に対してもその人の人生について意見を述べたことは今までなかった。ましてや自分がそんなことを言えるほど東城と家族のことを知っているわけでもないし、彼の人生にかかわってもいない。どうしてこんな余計なこと言ってしまったのだろう。 さっきまで、東城と触れ合って身体のあちこちがすっかり溶けて混ざっていたから、彼と自分の境目がわからなくなってしまったのだろうか。だから、彼のことが自分のことのように苦しくなったのだろうか。 東城は広瀬の言葉の続きを言った。「家族の犠牲になることはない?そうだな。でも、犠牲っていうほどのことでもないかもな。それに、それを言うならどっちがどっちの犠牲なんだろうって話だ。俺は、家族やビジネスから恩恵を十分に受けてるのに、迷惑はかけこそすれ、好き勝手に生きてる」 「でも」と広瀬は言ったて口ごもった。 それはそうだ。この居心地の良い家も、石田さんのご飯だって彼の家族があってこそで、広瀬もそれを享受しているのだ。これは、返す必要があるのだろうか。 東城は広瀬の髪をなでた。 「別に、強制されているわけじゃないんだ。もしできれば、って言われてるだけなんだ。母は俺が本当に仕事を辞めて市朋会にくるとは、ほとんど思ってないと思う。でも、期待されているのは確かだ。今までさんざんだった俺を頼りにはしてくれてるんだ。だから」東城は言葉を切った。「情ってあるだろ。そんなものに心を動かされるとは思ってもみなかったけど」 そんなことはない。東城なんて情で動いてばかりだ、と広瀬は思った。 広瀬は、自分の頭を頬をなでる東城の手をとった。「急いで決めないといけないんですか?」 「期限を決められているわけじゃない」 「じゃあ、ゆっくり考えた方がいいですよ。時間をかけて」 しばらくして、彼は、言った。「ありがとう。気にしてくれて。お前が一緒にいて話聞いてくれると心強いよ。どうするにしても、俺にも味方が必要だ。お前は俺の味方でいてくれるよな」 「利害関係が対立しない限りは」とわざと強気に広瀬は答えた。 東城は笑った。「お前は俺の最大のステークホルダーだからな」 「そうです。だから、俺に断りなく俺の話を家族にしたり、仕事のことを決めたりしたらだめです」と広瀬は言った。 今日はそんな気分だ。東城の母親の心細い気分が、東城を通して自分にまで伝染してしまったのかもしれない。 「わかった」と東城は言った。「約束するよ」

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