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続 親知らず 14

「寒いなあ」と宮田が車に戻ってきて言った。 素早くドアをしめたが、車の外から冷気が流れ込んでくる。曇り空だ。 今日は、大井戸署管内の大学で、4階から転落死した研究者に関して捜査をしている。自殺か、事故か、事件かの判断材料を固めているのだ。大井戸署ではほぼ自殺と考えられていた。 亡くなった研究者は、最近、心療内科に通っていた。不眠や憂鬱の相談をしていたらしい。仕事が不規則で長時間に及んでいたということもわかっている。 広瀬は、車を出した。 「自殺かなあ」と宮田は言った。「それ以外だと面倒だから自殺でいいけど。でも、せっかく頭よくて、好きな研究してるのに自殺するなんて、もったいないよな」 研究者は、国内でもトップの大学と大学院をでて、3年前から自殺した大学に勤めていたのだ。 「俺なんか、適当な大学でて、適当な仕事してて、自殺しようなんて思わないけど。まあ、どんな仕事してても、鬱になったりはするっていうから、同じか」とも言っている。「こんな寒くてどんよりした天気が続くと憂鬱にもなるしな」 自殺だな、自殺、と宮田は何度も言った。家族は気の毒だけどな。自殺なんてするものじゃないよな、と続けている。 広瀬は、黙っていた。仕事に集中しようと思うが、つい、考えがそれてしまう。 この前、親知らずが痛んで歯医者に行ったら、奥歯の歯茎に奇妙な物質が見つかった。そして、その手がかりを探して会いに行った医師に、奇妙な物質は、殺された父もかかわっている警察の研究所の実験の名残かもしれないといわれた。それがほんの数日前のことだ。 以来、時間があると医師の話を考えてしまう。そして、これからどうしようかと、うろうろ頭の中を巡らせてしまう。 いい考えが浮かぶわけではないのだが、ふと気が付くと考えてしまっているのだ。 「なあ」と宮田は広瀬の思考を遮ってきた。「昨日の週刊誌読んだ?」と仕事には全く関係のない話をふってきた。 広瀬は読んでいないと答えた。宮田の好きな芸能人のゴシップ記事でもあったのだろうか。 「東城さんの実家の医療グループの話が記事になってた。おじいさんが亡くなった後、一族がもめてるって話。本当かどうかはわからないけど」 宮田はその記事が載っている週刊誌の名前を教えてくれた。

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