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続 親知らず 15

広瀬は、帰りに週刊誌を買った。 見開きで2ページの短い記事だった。「巨大医療グループ一族の骨肉の争い!」と太字で書いてある。医療グループの創設者、市村剛の死後、一族が権力争いをしているということだった。市村剛や医療センターの外観、この前身内で行われた葬儀の白黒写真が荒い週刊誌の紙にべたべたと載っている。 市村剛には娘が4人いて、全員が医師になり、さらに医師の夫と結婚している。その夫それぞれの一族同士が、市朋グループの中でなわばり争いをしているという。 そして、記事の主題は、東城の父親の東城弘継と姉の美音子の夫の林田の、経営方針をめぐる諍いだ。市朋グループ内の地位と市村剛の遺産の行方について、二人が激しく対立していると書かれていた。その対立に、市村剛の娘婿たちのそれぞれの親族が複雑にからんでいるのだ。 広瀬の知っている名前も何人かあった。 記事の書き方は覗き見的で、確たる裏付けもなさそうな無責任なものだった。金持ちの鼻持ちならない一族のドロドロした人間模様を、興味本位に書いてあった。東城自身のことは、彼が市朋グループに関係していないためだろう、記事にはなっていなかった。 読んでいて重苦しい気持ちになる。東城の母親はこの記事を読んだだろうか。自分の夫と娘婿が争っているとなると、確かにつらいだろう。 東城が帰ってきた。 広瀬がソファーに深く沈んで週刊誌を眺めながらため息をついていると、広瀬の手からあっさりそれをとりあげた。 何が書かれているのかよく知っているのだろう。週刊誌をローテーブルに置いた。 「おいで」と東城は言って、広瀬をたたせた。 行き先を告げられず車でどこかにいくのは初めてではない。広瀬は黙って助手席に座っていた。 東城はだまったままだ。行きたい場所にいくのだろう。かまわなかった。 頭の中でいろいろな考えが浮かんでは消える。東城の家族の争い。自分の奥歯の物質。過去の実験。東城が仕事を辞めるかもしれないこと。 車の中はラジオも音楽もかけず静かだった。規則正しい車の振動だけが聞こえる。 広瀬は目をとじた。疲れた、と思った。頭を休めたい。 長い時間走っている間にうとうとしていたのだろう。意識がときどき戻りながら、ぼんやりと眠っていた。 駐車場に停まったので広瀬は身体を起こした。 東城は車を降りる。どこに来たのかとは聞かず広瀬も車を降りた。外は切られるように寒い。かすかに潮の香りがした。

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