31 / 59

 初めは、そう。  でも一緒に過ごすうち、絃さんのことをもっともっと知りたいって思った。  キスさえもしないのはもしかして遊ばれているんじゃないかとか、俺ばっかり好きなんじゃないかとか散々悩みもした。 「でも、絃さんが自分は男だって打ち明けてくれて、キスもして。男のままでも絃さんは絃さんで……仕草とか、性格とか。全部ひっくるめて好きになったんです。だから、お願い。恋人が面倒くさいならセフレでもいい。お願い、俺を傍に置いて……」  ああ、どうしよう。視界が涙で歪む。  声だって涙声になっている。  女の子でもあるまいし、十八にもなった男が泣きながら『捨てないで』なんて、ほんとウザいだろうな。  だけど涙は止まらない。次から次へと流れてくる。  絃さん、俺ね、こんなに貴方のことが好きなんだよ。  俺は必死に手を伸ばして、絃さんの服を掴んだ。  俯いて泣きながら、捨てないでと必死に懇願して……。  俺、今すごく惨めだ。  女々しい。  こんなんじゃ、絃さんは俺を見限って当然だ。  でも、だけど俺は……。 「絃さんじゃなきゃ、いやだよ……」  ひっくひっくと嗚咽を漏らし、一生懸命絃さんに縋りつく。 「俺は……俺の気持ちを優先して世間に背かせた。お前を巻き込んでしまった。だから……」  ぽつり、ぽつりと話す絃さんの言葉はとても苦しそうに聞こえた。  絃さん、さっき何て言ったの?  俺を巻き込んだってそう言った?  それって、それって……?  俺は絃さんが今、どういう顔をしているのか気になって見上げると、すごく辛そうに眉根を寄せている表情があったんだ。

ともだちにシェアしよう!