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初めは、そう。
でも一緒に過ごすうち、絃さんのことをもっともっと知りたいって思った。
キスさえもしないのはもしかして遊ばれているんじゃないかとか、俺ばっかり好きなんじゃないかとか散々悩みもした。
「でも、絃さんが自分は男だって打ち明けてくれて、キスもして。男のままでも絃さんは絃さんで……仕草とか、性格とか。全部ひっくるめて好きになったんです。だから、お願い。恋人が面倒くさいならセフレでもいい。お願い、俺を傍に置いて……」
ああ、どうしよう。視界が涙で歪む。
声だって涙声になっている。
女の子でもあるまいし、十八にもなった男が泣きながら『捨てないで』なんて、ほんとウザいだろうな。
だけど涙は止まらない。次から次へと流れてくる。
絃さん、俺ね、こんなに貴方のことが好きなんだよ。
俺は必死に手を伸ばして、絃さんの服を掴んだ。
俯いて泣きながら、捨てないでと必死に懇願して……。
俺、今すごく惨めだ。
女々しい。
こんなんじゃ、絃さんは俺を見限って当然だ。
でも、だけど俺は……。
「絃さんじゃなきゃ、いやだよ……」
ひっくひっくと嗚咽を漏らし、一生懸命絃さんに縋りつく。
「俺は……俺の気持ちを優先して世間に背かせた。お前を巻き込んでしまった。だから……」
ぽつり、ぽつりと話す絃さんの言葉はとても苦しそうに聞こえた。
絃さん、さっき何て言ったの?
俺を巻き込んだってそう言った?
それって、それって……?
俺は絃さんが今、どういう顔をしているのか気になって見上げると、すごく辛そうに眉根を寄せている表情があったんだ。
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