35 / 59
◆
いつもならすぐに移動できる玄関も、今の俺には荷が重すぎる。
目的地までやっとのことで到着すると、玄関のドアを開けた。
ピンポーン。
チャイムがまた鳴る。
もうわかったから煩いよ。
胸の中で毒づきながら、ドアを開けると……。
「いとさん?」
俺は自分の目を疑った。
だってそこには、黒の長袖シャツに茶色のデニム姿の絃さんがいたんだ。
「顔が赤いな。メールの文面がおかしかったから来てみればやっぱりか」
絃さんは俺を見るなり眉間に皺を寄せた。
絃さん?
夢じゃなくて本物の絃さん?
「いとさあああん」
俺は絃さんに抱きつくと、絃さんは、「はいはい」と背中を撫でてくれる。
うう、母さんよりもずっと優しい。
「流星、上がるぞ?」
「お前の部屋は二階か?」
絃さんはそう言うと俺を横抱きにして運んでくれる。
俺は嬉しくて、絃さんの胸に頬を擦り寄せながらコクンと頷いてみせた。
間もなくして俺の部屋に辿り着いた絃さんは、ベッドにゆっくり下ろしてくれる。
だけど絃さんと離れたくなんてない。
今まで会いたいのにガマンして、ずっと離れていたんだ。
「絃さん、ヤだっ!!」
俺は絃さんの首に腕を巻きつけて駄々をこねた。
「お前……風邪を引くと随分と甘えん坊になるな……」
「いや? 絃さんは俺と会いたくないの?」
もしかして、ここへ来たのも俺が心配だからじゃなくって、お別れのためだったのかな。
絃さんの心には、もう俺はいないの?
悲しくて、胸が苦しくて……視界が涙で歪む。
ともだちにシェアしよう!