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報復の結末 1

 選びなよ――  どっちを取るのもあんた次第。 ◇    ◇    ◇ 「……っ、放せっ! 嫌っ、嫌だー……ッ!」  狂気のような叫び声を上げて、もがき震えるその姿に、自らの中で至極の激情がくすぶり出すのを感じていた。  高級そうなスーツを剥ぎ取られ、肌触りのいいシャツを引き千切られて、あられもない格好で泣き叫ぶ。複数人の男たちに拘束され、今にも辱められんとしているその様を、高みの見物のように見下ろしていた。  いやらしく喉を鳴らして獲物に襲い掛かろうとしているのは、割のいいバイト料で俺が雇った男たちだ。  そいつらに裸寸前に剥かれて震えているこの男を組み敷いて、長い間くすぶっていた思いを遂げたのは、ほんの半月前のこと――一度悪に手を染めてしまえば更なる次を望むのは本能だろうか、この世で一番憎かった男を穢したことで治まるはずだった感情が、新たな欲望を生み出してしまうだなどと、その時は想像もつかなかった。 ◇    ◇    ◇  あれ以来、俺はことあるごとに脳裏を過ぎる不本意な映像に悩まされる日々に苛まれている。  アノ男、粟津帝斗を犯したあの晩の映像が頭の隅にこびりついて離れない。  涙に濡れた白い頬、  驚愕に蒼ざめた唇、  抵抗して首をよじる仕草に反して淫らな叫び声、  やわらかな栗色の髪を振り乱して抗う帝斗の一挙一動が頭の中を埋め尽くし、ぐちゃぐちゃにしていく。  あの時のことを思い出す度に激しく欲情し、全身があの男を求めて色めき立つ。  あの男に会いたくてたまらなくなる。  一番憎くて嫌いだったはずのあの男をもう一度この腕に組み敷いて、辱めたい欲望で飢え、のたまう。  こんな思いに振り回される日が来るなんて誰が想像し得ただろう、あの男は一体どこまで俺を苦しめれば気が済むのか。  奴の持つ毒に捉われつつあることを、この時の俺は自覚できずにいた。 ◇    ◇    ◇ 「俺を囲え――」  低い声でドスをかまし、奴の耳元ぎりぎりにそんな台詞をつきつけた。  そうさ、あんたのお陰で今は職も失くした状態だ。あんたが今まで俺にしてきたことへの償いだと思えば安い相談だろう?  それに――  この前みたいな目に遭いたくなければ、素直に従った方が身の為だ。そんな意味も含めてそう言った。  きっと蒼っ白い顔をして弱々しく首を縦に振るだろう、俺はてっきりそう踏んでいた。  だが粟津帝斗というのは、見てくれに反して案外図太い男なのだろうか。いとも簡単に俺の予想を裏切りやがったのに、蒼白な思いをさせられたのはこちらの方だった。  まるで懲りていないような勝気な視線で俺を見下げ、それは初めて会った時の印象をそのままに、他人を小バカにしたような不適な笑みをも携えて、クスッと鼻先で笑ってよこしたのには正直呆れ返った。  たった一度犯されたくらいじゃまるで堪えないというわけか、半月振りに会ったヤツの態度は以前と何ら変わることのない、高飛車な印象がそのままだった。  接待が終わったヤツを待ち伏せたホテルの駐車場で、相も変わらずの気障ったらしい高級車のキーを利き手の指に引っ掛けて、気だるそうにブラブラと回す仕草は、正直不快以外の何ものでもない。面倒臭そうに深い溜息をつきながらドアに寄り掛かり、侮蔑混じりの流し目が薄く笑っているのが分かる。 「いい加減にしてよ。お前はもう事務所を辞めたんだから、僕とは何の関係もないじゃない? 勝手に辞めたのはそっちなんだし、お前を囲ういわれはないよ。面倒を見るいわれもない」  ひと気の無い広大な駐車場に響くのは、淡々とした口調の少しテノールのかかった甘ったるい声色。苦笑混じりの下卑た笑みにはおおよそ似つかわしくない雅な声色で、まだ言い足りないことがあるらしい。  ワサワサと髪を掻き上げながら、ねっとりとした上目使いでこちらを見つめると、しばしぴたりと視線をとめてヤツは笑った。 「ついでに言っておくなら二度と寝る気もないよ? この前のことで味を占めたりされたら迷惑だからね。ちゃんと断っておかなくちゃ……ね?」  呆気らかんと言い放つ。  クスクスと可笑しそうに鼻先を鳴らしながら言い放つ――  そんな態度に、全身の血が逆流するんじゃないかと思うくらいに熱くなるのを感じていた。  煮えたぎるといっても過言ではない。  車の鍵を弄んでいる白い指先、  くねっとドアにしなだれかかる細い腰元、  手持ち無沙汰にいじくっているのは指通りのよさそうなやわらかな髪。そしてこの上なく生意気な態度と殊勝な視線が加虐心に火を点ける。  今、この場でその高慢ちきな頬を殴り倒してやりたいような気持ちに駆られた。  我慢ならなかった。  二度と立ち上がれないようにこいつを引き裂いてやりたいと思った。  自尊心も誇りも何もかも、この男の持ち得るすべてを奪って傷付けて、ズタズタにのめしてやりたいと、そう思った。  そうして何もかもを失ったこの男を、俺だけのものにしてしまいたいとも思った。  だから選びなよ。  今、目の前で狂犬のようにあんたに襲い掛かろうとしているこの連中に輪姦されるのと、俺にやさしく抱かれるのと、 「どっちがいい? ねえ帝斗さん?」  選ぶのはあんた次第。  男たちの間に割って入り、奴らを少し退けて、涙で汚れた白い頬を撫でながらそう訊いてやった。  俺を見つめるその視線に特有の殊勝な気配は何処にも無く、そこにあるのは救いを求めるような必死の形相と諦めの決意だけだった。  がっくりとうなだれるようにして、帝斗がその首を縦に振った瞬間に、自らの中で温かい何かが点った気がした。  あんたを独り占めにできるのならば、その毒に侵食されてもいい。  この世で一等憎いはずだった男に捉われていたのは俺の方だったのだと、認めてもいい。

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