3 / 26
target2-1.少年との出逢い
――月杜学園
「…此処か……」
門の前で黒髪で長身の男が立ち止まった。
服装は白いシャツに黒いパンツというシンプルなもので、その立ち姿はまるでモデルのように清廉されていた。
立ち止まっているのは、予め来る事を知らせてあったのに門が閉まっているからだ。
門の高さは5メートル弱。
普通の人間では越えられないだろう。
普通の人間だったら、だが。
目測で計って数歩後ろに下がり勢いよく走り出すと、門の手前で地面を蹴る。
すると、軽々と跳躍した身体が羽のように宙に飛んだ。
屈んだ姿勢で門の向こう側へ着地し、スッと立ち上がると遠く後ろの門に目を向ける。
「(…助走つける必要無かったな)」
そしてすぐに前を向き、目的の場所へ歩き出した。
しかし、進めど進めど目的地は見えず木が茂る森が続いている。
それでも方角は合っているのだから、その内辿り着けるだろうと進んで行く。
暫く歩いてから、どこからか人の気配を感じて立ち止まる。
神経を研ぎ澄ますと、僅かに何か聞こえる。
「――!…―――!!」
常人は気付かない程微かな気配は、しかしこの男には感じられる。
「(4人…か)」
悲鳴にも似た叫び声が助けを求めているようで、迷わずその方向に進路を変えた。
感じる気配と声は着実に近付き、自然と早足になっていく。
そして奥の茂みからガサガサと音が立ち、隙間から木に抑えつけている男と、少女のような少年が抑えつけられている姿が見えた。
「んー!や、め…離し……!!」
青い髪の少年は怯えた目で制止を訴えるが、男達の笑みが深まっただけだった。
服に手を掛けられ、もうだめだと恐怖感で目を瞑った。
「男が男に何してんだよ」
「っ!……え…?」
嫌悪感を孕んだ第三者の声がして、驚きに目を見開いた。
男達も手を止めて振り返る。
制服姿ではない容姿端麗の男が、思いっきり顔を顰めてこちらを見ている。
「誰だぁ…?いや…それよりも……」
「こいつ、やべぇくらい良いニオイするぜ……!」
「あぁ、こいつをヤっちまおう」
もっといい獲物を見つけ興奮した男達が、じわじわとにじり寄っていく。
飢えた獣達の新たな標的となってしまったのだが、男は焦るでもなくただ呆れて溜め息を吐いた。
「悪趣味も大概にしろよな…それに」
「!?」
いつの間にか背後に回り、首に衝撃波のような手刀を食らわせた。
男は意識を失いその場に倒れる。
「テメェー!!」
「いつの間に!?」
仲間が一瞬で倒され吠える男達に不敵な笑みを浮かべ、人差し指で挑発する。
「やられるのは、お前らの方だ」
挑発された男達は一気に沸き立ち、両方向から一気に襲い掛かった。
「(単純な奴ら……)」
目を細めると、攻撃を避けながら男の腹部に回し蹴りを繰り出し、飛ばされた男が地面に転がる。
攻撃の速さに目を見開く男の正面に回り込み鳩尾を殴ると、嗚咽を漏らし倒れた。
「(つ、強い……それに、格好いい…)」
少年はまるで映画のワンシーンのような様になる光景に見惚れ、助かった事実も相まって呆然としていた。
「おい…立てるか?」
「……え?…あ、はい!」
声を掛けられハッとなる。
見惚れていた姿が至近距離にあって顔を真っ赤にした少年は、差し出された手に気付かずに勢いよく立ち上がろうとした。
しかし、脚がカクンとなってその場に座り込む。
襲われた恐怖感がまだ収まっていないのだろう。
「ったく…無理すんなよ」
落ちていたブレザーを少年の肩に掛ける。
その口調とは裏腹に、声には優しさがあった。
そして、ごく自然な仕草で少年を横抱きにして立ち上がった。
「え!?あ、あの……!」
また顔を真っ赤にした少年が男の顔を見上げる。
それを見た男は、笑った。
「ふっ…トマトみてぇ」
「ト、トマトって何ですか!?僕はトマトじゃありません!」
「耳まで真っ赤じゃねぇか」
「そ、それはあなたが……!!」
言いかけた少年は途中で口を噤んだ。
少年を担ぎ直し、男は再び目的の場所へと歩き出す。
「俺が何だって?」
「べ、別に!?何も言ってないですっ」
「へぇ?じゃあ何で赤くなってんだ?」
「そ、それは……っ!!」
平然と、しかしどこか楽しそうに聞き返してくる男に、少年は終始赤面しっぱなしだがなかなか口に出そうとしない。
すると、いきなり立ち止まった。
「言わないと、落とすぞ」
「……脅しですか!?卑怯ですよ!」
「あーそりゃどうも」
「褒めてないですぅ―――!!」
しばらく言い争いが続き、少年は躍起になって叫んだ。
「で、俺が何?」
逃げられない。
少年は思った。遊ばれている感じにヤケになればなるほど、この男のペースにハマっていく気がした。
漸く観念し、口をパクパクさせながらなんとか言う。
「あ、あなたがっ………格好いいから」
後半は聞こえるか聞こえないかの小さな声だった。
恥ずかしくて、真っ赤になっている顔を見せられなくて顔を逸らした。
沈黙が羞恥を高める。
何か言ってほしい。もう何でもいいから。と少年は思った。
「お前はそうしてた方がいいな」
「……え?」
てっきりからかわれるかと思っていた少年は顔を上げた。
男は何も言わず微笑むと、また歩き出した。
…もしかして、また助けられた?
恐怖感を晴らそうとわざとからかって。
だとしたら。
なんて見越した事をする人なんだろう。
「……ありがとう」
一度も言っていなかった言葉を言った。
「別に…ただのお節介だ」
男は悪戯に笑った。
あぁ、どうして。
心臓がうるさい音を立てているんだろう。
あぁ、どうして。
いつもより身体が熱くて仕方ないんだろう。
気づかれないように胸板に顔を寄せ、そっと寄りかかった。
普段言わない事を言ってしまうのも、取らない行動をとってしまうのも。
きっと、この熱のせいだ。
男の笑顔がヤケに頭から焼き付いて離れない。
どうして、なんだろう。
(少年が気持ちに気づくのは)(また遠くない未来の話)
ともだちにシェアしよう!