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target2-3.学園理事長

先程の事を根に持ちむっつりと黙ったまま、足早に颯都を理事長室に連れて来た京弥は、少し深呼吸をしドアをノックする。 緊張したような雰囲気に颯都は怪訝げに眉を寄せた。 「漆原 京弥です。編入生を連れて来ました」 「あぁ……入って」 失礼します、と言ってから京弥はドアを開ける。 そこはモダンで上品な家具で構成された部屋で、その一番奥の大きな机に理事長は座っていた。 カシミアの柔らかな絨毯を歩いていき、机の前で彼です、と颯都の方へ手を向ける。 丸眼鏡を掛け、ウェーブの掛かったブロンドのセミロング。 柔らかに微笑む雰囲気からは、どこか気品を感じられる。 「五十嵐 颯都クンね…。 あぁ、京弥クンはもう帰ってもいいよ」 「しかし、寮内の案内が……」 「いいよ。案内は寮長にしてもらうから。 君も他の仕事で大変だろう。新入式も近いしね。だからもう下がっていい」 手を顎の下で組んだまま、笑顔で言う理事長に、京弥は恐縮したように言った。 「はい。お気遣いありがとうございます」 頭を下げて、ドアから出る前に再び礼をして失礼しました、と出て行った。 出て行った後はしばらく沈黙が続いていたが、徐々にくくく…と噛み殺した笑いが頭角を現す。 そしてついに堪え兼ねた颯都が笑い出した。 「くはははっ!和泉(イズミ)さん…あんた、随分怖がられてるんだなぁ」 お腹を抱え、笑いが止まらない様子の颯都に理事長もとい和泉は心外だなぁ、と零す。 「僕はこの吸血鬼学園を束ねる理事長だよ? いわば威厳の塊と言っていい」 誇らしげに胸を張る和泉に、颯都はさらに笑いが止まらなくなった。 「威厳の塊……!っはははは!…ヤ、ヤベ……笑い死ぬ……っ!!」 ツボに入ったようで、屈み込んで理事長の机をバンバンと叩く。 「ちょ、酷いよ颯都クン!! というか机叩くの止めて!君の力だと壊れるからっ!」 両手で制止するのを余所に、颯都の笑いは止まる事なく机への攻撃も止まる事はなかった。 最早活動限界を迎えそうな机を見て和泉は新しい机を発注しよう(今度はもっと頑丈なやつを!!)と思った。 そしてようやく笑い止んだ颯都は、客用のソファに転がって浮かんだ涙を拭いた。 「あー…久し振りに笑った……」 無防備な体制の颯都に、和泉の影が揺らめいた。 「颯都―――っっ!!!久しぶり―――!!」 頬を染め満面の笑顔で両手を広げ、抱きつこうとする和泉には先程の"威厳の塊"の姿はなかった。 しかし、抱きつく前に颯都が脚を上げて阻止し、靴裏が顔面に直撃、その場に撃沈した。 仰向けで倒れるその顔にはくっきりと靴跡が残っている。 「ふふふ…腕を上げたね……僕の熱い抱擁を見切るとは」 「五月蝿ぇんだよ変態」 「8年前、一緒に過ごしていた時は照れながらも僕の抱擁を甘んじて受け入れていたのに……」 「子供の頃の話だろ!甘んじて受け入れた覚えはねぇっ! つか一緒に"吸血鬼狩り"をしてただけだろうが!」 「あぁ…思い出すよ……一緒にお風呂に入り、一緒に寝ていた愛が溢れた日々……」 「だから変な言い方をするなっ!」 隣に座り抱きつこうとしながらキラキラと思い出に浸る和泉と、半ば切れ味で言い直す颯都には明らかな温度差があった。 和泉は颯都の顎を掴み、颯都は振り払おうとするが思いがけず真剣な表情と眼が合う。 「見ない間にこんなにイケメンに育っちゃって……僕は凄く寂しかったんだよ…いつもツンデレな颯都を思い浮かべながら、オカズにして抜いたり……」 口から出たのは、非常に残念な内容だった。 はぁはぁ、という荒い息使い付きで、眼鏡が曇り、しかも鼻から赤いものが垂れている辺り冗談ではなさそうだ。 怒りで震えながら、颯都は拳を強く握った。 「人を勝手な妄想に使ってんじゃねぇえええ――ッ!!」 和泉(もはや理事長の原型はない)の頬を思い切り殴り飛ばした。 「愛の鞭~っ!」 鼻から血の噴水を出しながら目を輝かせる和泉を見て、颯都はどうしようもねぇな此奴、とげっそりした。 脚を組み、この学園に来た事を後悔し始めていた颯都に、今度こそ真剣な声が掛かる。 「良かった……本当に元気そうで良かった…。 11年前…家族や家の全員を惨殺され、血塗れの服を着て独りで雪山を歩いていた君を、ウィンタースポーツをしていた僕が"遠い親戚"だと一方的に引き取って、君を育てた。 感情が欠落していた今にも壊れそうな君を…僕は壊れないようにと大事に大事に育てて、少しずつ心を許してくれた君に"仕事"も手伝ってもらった。 8年前…君が10歳の誕生日を迎えた時に、この学園の仕事を任されて、君を手放さなきゃいけなくなった時は本当に迷った。 いっそ君を連れて来ようと思ったが……君は言った。 「大丈夫。もう一人で平気だから。おじさんはおじさんのするべき事をして。 俺は、俺のするべき事をする」 …強い眼で言う君に、僕は何も言えなかった。 そして君を手放す事を決めた…… この学園に招待して……こうしてまた会えて……颯都が無事で……本当に!!良かった……」 倒れたまま涙をボロボロと流しながら言う和泉の顔を覗き込み颯都は微笑んだ。 「あぁ…和泉さんには、本当に感謝し切れない……有難う」 ハンカチで鼻血を拭って、泣きそうに笑う笑顔が壊れそうで、和泉は颯都を抱き締めた。 驚き戸惑っている雰囲気が、背中越しに伝わってくる。 「和泉さん……俺はもう大丈夫だから」 「こういう時は、甘えるものだよ」 少し焦ったように離れようとする颯都を離れないようにキツく抱き締めたのは、単なるエゴだったのかも知れない。 それでも、抵抗を止めて抱き締められている颯都が愛しかった。 久しぶりに感じた颯都の体温と人間でも感じる薫り高い匂いに、酔ってしまいそうだった。 「……和泉さん?」 黙ったままの和泉を不審に思った颯都は顔を覗き込んだ。 和泉は、プツンと何かが切れる気がした。 無意識の内に体制を逆にさせて、今度は自分が上になる。 「うわ!?……和泉さん?」 驚いて不思議そうにする表情と声。 それが無防備で、可愛くて、愛しかった。 「ダメだよ……そんなに無防備にしてちゃ。 この学園じゃすぐに…」 (絡み合った"愛情"が) (僕の理性を引きちぎりそうな気がした)

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