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target2-5.消ええぬ記憶
「うい~…そいじゃァー…案内したるでェー……」
やつれたままの咲良を無理に案内させたくはなかったが、当人はやる気だけは満々のよう。
どうしたものかと颯都は考え、貰い物のお菓子がポケットに入ったままだった事を思い出す。
甘い物は疲れを取ると言うが、実際どれ程の効果があるのか分からない。
(無かったら部屋に帰そう)
「咲良、此」
「ほわ?……チョ、チョコレートやないかい!
オレ、甘いモン大ッ好物やねん!
もらってええんか…?」
嬉しそうに頬を染めて瞳を輝かせる咲良の手のひらに、包み紙のチョコレートを数個落とす。
咲良は包み紙を取り、数個を一気に口に放り込んで噛む。
「っはァァ――ッ生き返るわァ!
やっぱ甘いモンは最高やな!!」
先程のやつれた様子が嘘のように全回復し、笑顔を取り戻した咲良に、颯都も吊られて笑った。
「ほな!道案内と行こか~♪」
ルンルンで手を引かれ、歩調を合わせて歩き出そうとした直後。
「く……ッ!!?」
突然のズキンとした痛みに貫かれ、繋がれた手を振り解いて眼を覆う。
その後もナイフで抉られるような痛みが続いて目の前が眩み、身体が倒れようとするのを脚で踏み留めた。
いきなり手を振り解かれた咲良は、様子のおかしい颯都に気づく。
「颯都?どないしたん、大丈夫か?」
心配になり、慌てて顔を覗き込もうとする。
しかしそれよりも早く、颯都の鋭い声がそれを遮った。
「来るなッ!!」
初めて聞く冷静ではない大きな声に、咲良の肩がビクッと震えた。
颯都は壁に片手をついて身体を支えているが、それでも自力で立っているのやっとなのが分かる。
「で、でも…ほら、保健室行かんと……!」
戸惑いながらも精一杯言葉を紡いだ。
颯都からの反応はなく、咲良は心細さを感じながらも必死に頭を捻ってみる。
「――そや!!今日ブラッドは飲んだか!?
もし血ィ足りひんやったら今すぐに…、何やったら、オレの血を飲んでもええで!?
人に飲まれるのは初めてやさかい、緊張はするけどなッ、颯都やったら特別にオープンウェルカムや!!
もう好きなとこ好きなだけ噛んだって!
うはーッ、人に噛まれるんゆうはドッキドキするなァー!
せやけど、オレのは・じ・め・てが颯都でよかったわ!
けど、これからずっと責任取ったってな……?
……なんてなー!!
ウソやウソ、騙されたかいな!?
どわっはっはー!!颯都も案外、チョロいんやなァ?
こんなオレに勝てないとはなァ!?
ふっふっふ……そうやそうや、オレはまだ一度も本気出してないんやで!!
驚いたかァー!よし、今見せたるわァー!!とっておきの……」
ただ、笑ってほしくて。
また、笑い合いたくて。
必死で馬鹿やって、笑わせようとした。
また笑い合えるって信じて、関係ない事もベラベラ一人で喋って、一人で漫才して。
なァ、今日初めて会ったヤツにこんなことするほど、オレはお人好しやないんやで?
颯都やから、颯都をめちゃくちゃ気に入ってこれからも仲良うやりたいから、こんなことするんやで?
それくらい、好きになったんやで?
なァ、頼むから、何か喋ったって。
なァ……お願いやから。
咲良は祈るような気持ちで、颯都に話し掛けていた。
そして、はたと思いついた内容を喋り出した。
「そういや、颯都の苗字は"五十嵐"言うんやろ?
11年前、遠い雪山に五十嵐言うめっちゃ強くて気高くて美しい…純血種の吸血鬼の中でも一線飛び越えてる吸血鬼一家がおってなァ?
けど、たった一人の吸血鬼に一家丸ごと惨殺されてもうたんや。
気の毒に、当時7歳の息子も殺されて……全滅や」
その内容は、たった今颯都が頭を悩まされている事柄で。
痛みに意識が朦朧としながらも、眼を押さえたまま顔を上げた。
やっと反応を見せた颯都に咲良は嬉しくなり、得意げに話し続けた。
「吸血鬼協会は騒然としたわ。みんな惜しい人達を亡くしたと嘆き悲しみ、毎年その日吸血鬼は、5分の黙祷を捧げる決まりになっとんや。
……そいや、その息子が生きとったらちょうど颯都と同じ歳やなァ?
なんてな、はははッ。
そんなワケあらへんがなッ!
よっぽどのラッキーか奇跡がない限り、そんな事起きるワケないわな!
ただの偶然やて、偶然!!」
そう笑って、颯都を見た。
ラッキーか、奇跡。
そんなもので済めば、どんなに良かった事だろう。
低く唸るような声が辺りに響く。
「お前には、関係無いだろ…其の一家の事も、俺の事も。
今日偶然会っただけだ、其れ以上何の縁も無い……!
頼むから……俺に二度と、関わるな」
颯都の口から出された拒絶。
それは一番、咲良が望まないものだった。
「関わるな…?…何やの、それは。
自分、何様のつもりなん?」
聞いたはずなのに、また反応はない。
咲良は、ついに苛立ってきた。
「…あぁそうや!オレもそう思っとったわ!!
もう付き合い切れん、そうや、確かにオレと自分はここまでの縁やな!!
人が親切にしてやっとったら調子に乗って!」
「…別に、親切にしろと頼んだ覚えはない」
あくまで冷たく言い切る颯都に、咲良は堪忍袋の緒が切れる音を感じた。
「あぁもうええわッ!!
ほな、あんさんとはもう二度と会わん。さいなら」
早口で冷たく返し、振り返らずに走って行った。
咲良が初めて、会って1日で人を好きになって、嫌いになった日だった。
走り去る咲良を見て、痛みに最後まで無視を貫いた颯都はやっと眼から手を離す。
力の入っていない手が、ブラリと落ちた。
その眼は、赤かった。
未だにズクン、ズクンと疼く眼が、あの日の惨劇が。
大切な人を作ろうとする度、警告する。
「お前の大切なモノは、全て俺が壊してやる……。
全て殺して、お前の眼に絶望とその無力さを刻みつけてやろう……何度でも、何度でもだ」
大嫌いな"赤"が、愉快げに笑った。
興奮する度に、赤くなるこの眼が心底嫌いで堪らなかった。
何度も何度も、この眼を抉ってしまいたい衝動に駆られた。
しかし、これは同時に颯都にとっての"復讐の証"でもあった。
それに眼を抉っても、きっと意味がないのだろう。
あの時の傷は、心の奥深くに突き刺さっているのだから。
痛みと共に訪れる奇怪な現象。瞼の裏で蘇る惨劇。
それが起きた時は、人を寄せつけずに、寄って来たら嫌われればいい。
そうすれば、誰にもこの眼を見られずに済む。
もう誰も…犠牲になったりはしないだろう。
頭に浮かんだ言い訳を馬鹿馬鹿しいな、と自嘲する。
進もうとする意志に反し、力が入らない身体が倒れるのを感じながら……颯都は痛みより、憎しみを思った。
(喩え此の心が壊れようとも)
(彼奴に復讐出来るなら、構わない)
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