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target2-6.罪の意識

黒い、深く暗い闇の中。 「颯都」 懐かしい声がして、振り向いた。 「母、さん……?」 優しい笑顔。 柔らかな声。 それは紛れもなく、ずっと会いたかった母さんの姿。 「――母さんっ!!」 飛びついて涙が止まらなくて、会いたかった、と何度も抱き締めて触っては存在を確かめた。 すると、ヌルッとした"何か"に触り顔を上げてそれを何気なく見た。 それは、"母さんの腸の一部だった"。 絶叫し、まだ生暖かい、脈打つそれを放り投げる。 「まぁ酷いわ、颯都。 母さんを投げるなんて……母さんは」 にこやかに笑う母さん。 「父さんは」「俺は」「私は」「あたしは」「僕は」 家にいたみんなが姿を現す。 みんな、笑っている。 そして、突如として不自然に顔が歪み、肉が崩れ落ち、黒が真っ赤に染まっていく。 吐きそうになる程の腐臭が漂う空間で沢山の眼が…沢山の赤い眼が、俺を見ていた。 「ち、違う…、お、れは……」 声が掠れた。 責めるように、ただじっと見る眼に俺は座ったまま血の池を後ずさる。 「母さんは」「父さんは」「俺は」「私は」「あたしは」「僕は」 みんなの声が、頭の中に響く。 声が凶器となり、堪え難い痛みが突き刺さる。 「ち、が……っ俺は……!!」 目を閉じたくても、見開いたまま瞼がピクリとも動かない。 「あなたに」「お前に」「あんたに」「おまえに」「貴方に」「アンタに」 「ッ…!!は…くっ、ゔぅ…ッ!」 頭が痛い。 割れそうな痛みばかり、増していく。 涙が流れて落ちたけど、それが何色かなんて確かめる余裕はなかった。 「殺されたんだよォォオォオッ!!!!」 一斉に怒号が響き、つんざく強烈な痛みにたまらずに頭を抱え込んで悲鳴を上げた。 罪悪感と自責の念に駆られて頭を打ちつけたくて自分を壊したくて、仕方がない衝動に駆られたが生憎周りは血の海しかなかった。 叫んで叫んで… 痛みで自分が壊れていくのを感じながら、彼は思った。 「(本当はあの時、俺も一緒に逝きたかった……みんなと同じ場所へ、行きたかったよ。 でも……俺はもう、みんなと同じ場所には行けない……。 天国なんかには行けない……! ごめん…みんな……助けられなくてごめん。 俺だけ生き延びてごめん…ごめん、ごめん……)」 少年か男の声か分からない声が、ひたすらに謝り続けた。 いつか黒は痛みと同化して、赤い海をさ迷い続けていた―――。 ―――――――… ――― ―――――…… 「っは!…はぁ、はぁっ……!!」 呼吸を再開してしばらく経ってから、辺りが白である事に気がついた。 また、あの夢……。 まだ動悸が早く、血がドクドク血管を脈打っている。 体中に滲んだ汗が、まだ感触の残る血のようで気持ちが悪い。 腕を目の上に乗せたまま、まだ覚めきれない夢の呪縛から意識が浮上していく。 「(…倒れた…のか。情けねぇ…)」 思い出すと頭が痛くなるが、颯都は身体を起こした。 知らない景色だったので長居するわけにはいかないと、痛む身体を無視して布団を畳み、靴を履いた。 親切にも、誰かが此処へ運んでくれたらしい。 それが誰かは分からないが…礼くらいは言わなくては。 すると、目の前の白いカーテンが軽快な音を立てて開いた。 「――あ、やっぱり起きたんだ。 おはようございます。具合はどうですか?」 思いがけず、顔を出したのは…昨日出会った青い少年だった。 少し驚くも言及はせず、身支度をしながら言う。 「あぁ、大分良い。 お前が此処まで運んでくれたのか?有難う」 「んー…、運んだっていうより、引きずったんですけどね。 ここ、保健室です。貴方は理事長室の前で倒れてて……通り掛かった僕がここまで連れてきました」 苦笑いで言う少年に、そうかと颯都は素っ気ない返事をすると立ち上がった。 体中の痛みに納得がいったし、ここにいる理由はもうない。 「あの…、昨日の事覚えてますか? 僕、危ない所を貴方に助けられて……」 「あぁ、覚えてる」 「何か……昨日と大分雰囲気違いません?」 「俺は元々こうなんだよ。昨日は初対面で猫被ってただけだ」 適当な返答をしながら早々と立ち去ろうとする颯都を、呼び止めるように少年は声を掛け続けた。 「いつもそうなんですか?」 「あぁ?悪かったな、無愛想で」 不思議そうな少年を振り返って目線だけ送る。 「そうじゃなくて。 ……いつも、無理して倒れて。助けを呼ばずに一人で背負い込んで。 苦しくないんですか?辛くはないんですか?」 透き通った少年の声は、スッと耳に入って来た。 胸が軋むように痛んだが、そんな事はどうでもいい。 「別に。慣れてる」 「慣れるものなんですか…?僕は、慣れないですけど。 辛いのも、苦しいのも……全部、慣れてはくれません」 昨日とは打って変わって落ち着いた少年と、冷静さを装う自分。 勘弁してくれ。 これじゃあ昨日と真逆だろ。 ただでさえ、あの夢の後。 人と関わりたくない。 自分を関わらせたくないのに。 颯都は自分にため息を吐いて、ドアノブに手を掛けた。 「泣く時は、2人がいいです」 手が、止まってしまった。 「…お前は二人が良いかも知れねぇが、俺は一人で平気だ」 「どうして?」 「どうしてもこうしてもねぇよ。まず泣かねぇし、その必要もねぇ」 今度こそドアを開けようとして、白く細い手で止められた。 弱い力なはずなのに、颯都はまた止まってしまった。 「泣いてました…さっき。 寝てるのに、すごく苦しそうな声で…必死に、謝ってました」 少年の声も悲しそうで、なぜそんな声をするのかと思った。 頼むから、俺の事で悲しまないでくれよ。 「……離せ」 少年の表情を見たら、戻れなくなる気がして、颯都は脅す声を出す。 負けじと、少年は一回息を吸って吐き出すと意気込んで話し出す。 「僕、白瀬 雪斗(シラセ ユキト)って言います! 昨日、僕を助けてくれた颯都さんに一目惚れしました。 だから颯都さんが嫌だって言っても、僕は颯都さんに着いて行きます。 何があっても、離れてなんかあげませんからっ!」 雪斗は生まれて初めて告白をし、頬を染めながら颯都を真っすぐ見た。 強すぎて、壊れそうな宝石から目を逸らさないように。 颯都は聞き覚えのある台詞が、昔の誰かと重なった驚きで雪斗の方を見た。 自分にはない、青い青い、純粋な色に目を奪われた。 (強い強い貴方を追いかけて) (いつか、弱い貴方に辿り着けたなら)

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