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target2-7.夜明け前

保健室から出ると、夜明け前の空気が肌を刺した。 ひんやりした静寂が廊下に染み渡っている。 理事長室に行き部屋番号を聞かなければ。 輸送した荷物も、制服もその部屋にあるのだから。 ノックしドア開けようとしたが、ガチャッと鍵が固定されていて開かない。 「(当たり前か…)」 ため息を吐き、どうしたものかと考えた。 「あの」 寮長の所には行くつもりはない。 あんな事になるなら、昨日のうちに部屋番号だけでも聞いておけば良かった。 「あのっ」 八重歯を見せてニッと笑う顔が目に浮かんだ。 チョコレートをあげた時の嬉しそうな表情。 そして…拒絶した時には、驚いて悲しそうな表情をした。 それが、自分に出来る最善の方法であったとしても。 「あの!」 自分の嫌らしさは嫌という程自覚していた。 最低だ。 今までも…此からも。 拒絶して生き続けなければいけない。 そうしないと、全てが-ー……… 「颯都さん!」 名前を呼ぶ声が現実へと戻す。 「…なんだよ」 あぁ、此の少年にも拒絶して悲しそうな顔をさせてしまうのか、なんて頭の片隅でぼんやりと思った。 「さっきから呼んでたんですけど」 「あぁ…」 颯都は気のない返事をする。 雪斗は様子のおかしい颯都を見ながら、先程から質問しようとしていた事を聞く。 「颯都さん、知ってましたか? 僕たち、首席と2位で同じ部屋なんですよ」 嬉しそうに話す雪斗に颯都の目が見開く。 「お前…高等部だったのか」 「つっこむところ違いますーっ!」 頬を膨らませて睨む姿は、やはりあどけなさの残る少年のようだった。 編入試験と学力テストは同時に行われ、基本的にはその成績で寮の部屋割りを決めているようだ。 首席は颯都で2位は雪斗だった。 「同室だったんだな、宜しく」 「あっ……はい…(掴めない人だなぁ…)」 昨日のように笑う颯都に、戸惑いながらも微笑みを返した。 そういえば、と雪斗は歩きながら後ろを振り返る。 「寮の中は案内してもらったんですよね?副会長に」 「いや、色々あって其れ所じゃなくなった」 颯都は詳細まで説明する気はないようだ。 雪斗はあぁ、と納得した表情を見せてからにっこり笑う。 「その前に倒れちゃったんですね」 「…言っとくが、昨日は偶々貧血になっただけだ」 どこか引っ掛かる言い方に眉根を寄せながら適当な事柄を作り上げる。 「お前が言った様に初中後(しょっちゅう)ぶっ倒れてる訳じゃねぇからな」 「それは安心です! 僕も四六時中一緒にはいられないから…どこかで倒れてたらって心配になったんですよ」 「勝手に病弱設定を付けるな」 満面笑顔VS仏頂面で言い合いながら、一人で行動しても迷わないように颯都は周りの景色をしっかりと記憶していく。 学校と寮が併合している月杜学園は、普通の上に向かっていく建物とは違い光を嫌う吸血鬼が住みやすい構造になっている。 雪斗によると、上の階の教室も窓はあまりなく光の差し込まないようになっているらしい。 ややこしいが、慣れればどうにかなるだろう。 中央にある光の差し込まない構造のエレベーターに2人は乗り、雪斗の細い指がB5Fのボタンを押すと扉が閉じて下へ動き出す。 「成績優良者の寮はここ」 「…学校ってのはこんな面倒なもんなのか」 「え?…まさか……学校通った事ないんですか…?」 ひとりごとのような颯都の呟きに、雪斗は唖然。 「あぁ」 「(それで首席取れるなんて…どんな天才ですか……)」 優等生として勉強してきた雪斗は複雑だった。 「…あ、そうだ! ここは勉学棟と呼ばれていて、他に運動棟と研究棟、自由棟というものがあるんですよ」 「…四棟なら、構造は四角形で其れぞれ橋か何かで繋がってるって事か?」 大事な事を忘れていて今思い出した雪斗が言うと、颯都は頭の中で素早く構造を組み立てて言い当てた。 扉が開き、エレベーターから降り歩きながら説明は続く。 「そうです。運動棟は部活や授業をやる際にも使われます。 研究棟は文化系の部活から、オカルトから本格的な研究など、さまざまの用途に使われています。 自由棟には集会や芸術鑑賞に使われる大きなホールがあり、大体の行事ではここに集まります。 明日の新入式もここで行われるんですよ。 あとダンスホールや…芸術分野のものは大体揃ってますし、その名の通り許可さえ取れば自由に使えます。 ……覚えられなかったら、いつでも僕に聞いてください」 雪斗は一気に言い過ぎたかと苦笑したが、颯都はいや、と首を振る。 「分かり易かった、サンキューな」 あぁ、僕はこの人の笑顔に弱い。 惚れた弱み、というやつだろうか。 顔が熱くなるのを感じたが、颯都が昨日のように突っ込んでくる事はなく雪斗はなんだか寂しいような気持ちになった。 「ここが僕たちの部屋です」 雪斗が足を止めた部屋のナンバープレートには510と書かれている。 そしてポケットからカードキーを取り出すと、認証システムにかざして部屋の鍵が開いた。 そういえばカードキーをもらっていなかった。 また理事長室に行く事になりそうだと颯都は思考する。 ドアを開けた雪斗が颯都を中に招き入れる。 玄関で靴を脱いで揃え、中に入っていくと、手前の右側にトイレ、左側に洗面所。 両側に部屋があり、奥がリビングになっているのが分かる。 「右が僕の部屋で、左が颯都さんの部屋です」 「あぁ、色々有難な」 颯都は礼を言うと、引き止める隙もなく自室の中に入って行った。 雪斗も自室に入って、ベッドの縁に腰掛ける。 そして考えていた。 事ある事に礼儀正しく礼を言ったり謝罪する、気配りが行き届いた颯都に雪斗はどこか育ちの良さを感じていた。 それは無理矢理なものではなく、自然にそういう立ち振る舞いが身について習慣化しているのだろう。 清廉された仕草、気品を感じる大人びた雰囲気。 口が悪いのは本人の特性で、場面場面で敬語も使える辺り、様々な経験を積んできたのではないだろうか。 (もっと知りたい) (貴方の事を、ここにいる誰より理解したい)

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