10 / 26

target2-8.ファーストタッチ

思案に耽っていた雪斗だったが、その結論は。 「本当の事は、直接本人に聞かないと分からないよね…」 という至極当たり前のものだった。 果たして会って2日目の自分にどこまで話してくれるだろうか。 聞いた所で、必要最低限の事しか話してくれなそうだ。 そんな辺り、藤堂さんと似ている気がした。 手を差し伸べて助けるけれど、縋りつく事までは許さない。 なんとなく、そんな気がした。 …とにかく、彼と話していたい。 いつもの雪斗は、笑顔で壁を作って誰も寄せつけなかった。 一目惚れしたのも一つの理由だが、颯都と会って話して初めて、会話一つで胸が高鳴ったり腹を立てたり、そんな些細な事がとても楽しいんだという事に気づかされた。 新しい自分に気づいて、逃げている自分に気づいた。 雪斗は颯都といると、ありのままの自分でいられる気がした。 ありのままで笑っていられる。 初めての感情に気づいて、雪斗はもう自分の"ありのまま"の姿を受け入れる事にした。 昨日一晩、颯都が寝ている間に雪斗は考え、起きてくる頃にはすっかり考えが整理されていた。 だから、あんなに大胆になれたのかも知れない…。 雪斗は自分が自己紹介と同時に告白し、ストーカー宣言をした事を思い出し、気恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。 颯都の灰青の眼が、驚きに見開かれていたあの時。 目が合って数秒で目を逸らし、少し頬を染めて颯都は勝手にしろ、と言った。 初めて見る表情に、胸が高鳴った。 今でも思い出すと、胸の辺りが切なくなる。 「あ、もう6時になるんだ…」 雪斗はベッドをゴロゴロ転がっていたが、壁掛け時計を見て起き上がる。 そういえば、保健室にずっといたからお風呂に入ってない、と気づいた。 サッとシャワーだけでも浴びよう。 雪斗は着替えを取り出して重ねていくと、部屋から出て洗面所に向かった。 何気なしに洗面所のドアを開けると、目に飛び込んだ光景は。 「あ?」 腰にタオルを巻いているものの、鍛えられて引き締まった綺麗な上半身を惜しげもなく晒している颯都の姿だった。 雪斗の方を向いた瞬間、髪から水滴が鎖骨に滑り落ちる。 まだ上がったばっかりなのか、全身に水滴がついていて艶っぽい。 そしてその表情は、見るものを全てを惹きつけてしまうような… 頬は上気して染まっていて、開きかけた唇がなんとも色気を際立たせていた。 全身から色気がだだ漏れ状態の颯都は、下着を履きながら洗面所に入ってきて固まったままの雪斗に声を掛ける。 「風呂、入るんじゃねぇのか」 「えっ!?あ、えと、そのつもりだったんですけど…!」 見惚れていた雪斗は、声を掛けられて視線をさ迷わせて颯都さんが入ってるし、と付け加える。 「俺はもう上がったから、入ればいいだろ」 制服のズボンを履いてからタオルを取り、身体を拭く。 「そ、そうなんですけど…!」 色気垂れ流しの颯都を見ているだけで恥ずかしさが込み上げてくる。 部屋中に立ち込めるいい匂いにクラクラする。 恥ずかしさのボルテージが急上昇した雪斗はついに叫ぶ。 「なんで普通に着替えてるんですかぁぁああぁっ!!」 好きな人が、こんな無防備な状態で告白した男を相手に普通に着替えている。 なんだか変な気分になるのは仕方のない事だろう。 「別に良いだろ、男同士だし。 隠す所は隠しただろ」 「いやいや、上半身も隠してください! というかその全身の色気を隠してください!」 「髪乾かしてからな。 後、色気なんて微塵も出てねぇよ」 「無自覚かぁぁああっ!!」 髪を拭きながら平然と答える颯都とは逆に、ヒートアップしていった雪斗は叫んだ後に息切れする。 「朝から元気だなお前は」 颯都はドライヤーをコンセントに刺すと、髪を乾かしていく。 ぶわっ、と風と共に流れてくる颯都そのものが発している香りのいいニオイが、吸血鬼の本能を刺激する。 「颯都さん……危ないですって。 そんな無防備な状態でこの学園にいたら、」 いつの間にか、颯都の肩に手を回した雪斗が抜き出た牙を見せていた。 一瞬反応が遅れた颯都の首を、舌で舐められると牙が突き立てられた。 「う、あ…っ!な、おま……っ!!」 手を滑ったドライヤーが、地面を転がり反動でコンセントが抜ける。 「(…今まで飲んだどんな血よりも美味しい…! 甘くて……もっとほしくなる…)」 雪斗は颯都の血に魅せられ、吸血鬼の本能のままに夢中で血を啜る。 血を吸われる感覚。 それは颯都にとって恐怖の感覚と…震える程の、快感。 「はぁ…っん…や、め…!」 頭を押し返そうとするが、うまく力が入らない。 颯都にとっては皮肉な話だ。 血を送り込まれたあの日を境にその強烈な力によって、血を吸われる事が快感を生むように作り替えられた。 肌に牙が刺さる度に、 血を飲み下す音が聞こえる度に、 牙が抜かれる度に、 どうしようもなく、身体が疼くのだ。 感じた事がない程に、血が震える。 「はぁ…っ」 甘美な血を堪能した雪斗は、ようやく牙を抜いた。 やはり快感が走って、颯都は喘ぐ。 「んぁ…っ!…は、てめ……!」 何すんだ、と睨むが、雪斗は至近距離でいつもと違う艶のある微笑みを浮かべた。 「颯都さんって…色々エロいんですね」 「は、あ!?…もっと他、に…言う事…あるだろ…!」 颯都はキツく睨んでいるつもりだったが、赤面し快感が残る表情も、息切れしながら途切れ途切れに言う低い声も、雪斗はやっぱりエロい、と思わずにはいられなかった。 しかし言う事があると言われたので雪斗は考えた。 「ごちそうさまでした、とても美味しかったです」 「違ぇよッ!」 にっこりと笑う雪斗に、鋭い颯都のツッコミ。 「俺は、何でいきなりこんな行動に出たのか聞いてんだ」 「だって颯都さん、出会った時からすっごくいいニオイしますし…それに、忠告も兼ねて、です」 口元に残った血を舌で舐め取る。 その仕草にぞわり、と鳥肌が立つのを感じたが無視した。 「忠告…?」 「この学園では、貴方の血だけではなく、貴方の身体も狙われます」 「はぁ?どういう…」 「性的な意味で、ですよ」 颯都はかなり眉間に皺を寄せた。 「ふざけんな、性的も何も俺は男だ」 「男でも、です。 特に容姿がいい人が狙われやすいですから、颯都さんには群がってくると思います」 信じたくはなかったが、雪斗の真剣な表情が全てを物語っていた。 群がるかどうかは兎も角として。 「……悪趣味も大概にしとけよな…」 男と男が性的な行為に及ぶなんて、あり得ない。 免疫のない颯都は気持ち悪さしか感じなかった。 吐き気を感じて口元を手の甲で覆う。 「だから気をつけてくださいよ。 今みたいに色気垂れ流しで無防備にしていたら、恰好の餌食ですから」 本当に貴方は、危ない。 そのニオイも、無防備さも…血も。 (貴方を構成する全てが魅惑的で) (僕は眩暈を覚える)

ともだちにシェアしよう!