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target2-11.風紀委員会
理事長室に、挨拶もそっちのけで入室してきた颯都と、続けて戸惑い気味の雪斗が入ってくる。
「"男子学生の健全で剛健な精神と肉体を育てる"って?…和泉さん……」
「ど、どうしたの颯都クン…なんか怖い……寒っ」
颯都の低い低い声が響き、それに呼応して周囲の気温が急激に下がっていく。
「一体どういうつもりなのか、教えて貰えるか?」
疑問系だが、まともな答え以外が返ってきたら即刻氷付けにしそうな気迫がある。
「も、勿論、さっき颯都クンが言った事を支柱として、他にも色々な僕の教育理念があってこの学園の平和と均衡が保たれている訳だけど」
「そもそも支柱も成り立ってねぇし、来たばっかの俺でも解る程規律が保たれてねぇよ」
「や、やだなぁ、そんな事…」
完全に颯都の迫力に怯んで反論も押し負けている和泉。
「此処を共学にしたら自然に均衡も保たれるんじゃねぇか?なぁ、理事長」
理事長、を強調して言う颯都の口元は笑っているものの、目は笑っていない。
学園の浮ついた様子には目に余るものがある上にこれからの生活が危惧される。
理事長は手を顎の下で組んだまま静かに話し出す。
「それは幾ら颯都クンの頼みでも出来ないよ…何故なら」
寒さに身体が震えているが威厳を感じるその姿。
雪斗がゴクリ、と唾を飲む。
「僕が同性愛主義者だからねぇええぇえッ!!
特に吸血鬼ものの禁断の愛…!これはゔふぉあぁッ!!」
「矢張りか…あんたも懲りねぇよなぁ」
頬を染め、BL本を取り出す"理事長"の顔に颯都の容赦ない足蹴りが決まる。
そのままゲシゲシと頬を踏む颯都の目は底冷えしていて、雪斗は恐怖心を感じた。
「其のふざけた頭の中全部取り出して真面(まとも)に作り替えて遣ろうか?
其れとも身体に徹底的に教え込まねぇと、解んねぇのか…?」
「あっ、颯都クン、もっと踏んで!」
「黙れ変態ドM野郎」
「もっと僕を罵って!」
理事長ってこんな人だったんだ…僕、尊敬してたのに……。
雪斗は、変わり果てた理事長の姿と初めて見る颯都の暴挙を、ただ呆然と眺めながら思った事を口にした。
「…2人共、そんな関係だったんですね……」
「は?」
聞こえた声にピタッと颯都の足が止まり、雪斗を見る。
雪斗は言い辛そうに視線を落とし、颯都を上目で遠慮がちに見る。
「だから…、その……SM、ですよね?」
「んな訳あるかッ!!」
「え?そうなんですか?じゃあ…」
鋭くツッコむ颯都に、雪斗は不思議そうに首を傾げる。
気温が平常のものへ戻っていく。
颯都は平静を取り戻し、ため息を吐く。
「忘れたと思うが、一応俺の遠い親戚の叔父さん」
「和泉です。宜しくね、雪斗クン」
「あ、はい…こちらこそ」
そういえば、玄関前で副会長が"理事長の親戚"って言ってたなぁ…と思い出しながら、先程とは打って変わって穏やかに微笑む和泉が差し出した手を微笑みながら握り返す。
「ふむ、しっかりした子だね……颯都クン」
「あ?」
和泉は頷くと、応接用ソファに脚を組んで座っている颯都に声を掛け、颯都は首を仰け反らせて応える。
「こういうのはどうかな?君たち、風紀委員になる気はない?」
「君たちって…僕もですか?」
「そうだよ。それに事情があって風紀委員会は解散していたから…今入れば風紀委員長と風紀副委員長だ。
生徒会と同等の権限も持つ事が出来る。悪い話じゃないと思うよ?」
「えっ…僕は……」
口元は微笑んでいるが、表情は真剣。
雪斗は戸惑い颯都を見る。
颯都は目を閉じたまま考えている様子で、視線を感じて口を開く。
「断る。権限なんて興味ねぇし、俺は普通の学園生活を送りたい」
実にあっさりとした答えに、和泉は粘って説得する。
「でも颯都クン、君がここの秩序になれば君が望むような平穏無事な学園生活を送れるかも知れないよ?
僕は学園の事は一切生徒会と風紀委員会に任せているから、君のやる気次第でこの学園はどうとでも変えられる」
平穏無事な学園生活という辺りに、颯都はピクッと反応を見せる。
「…俺のような部外者だった奴が簡単に権限持って良いのかよ?」
訝しげに聞く颯都に、和泉は柔らかに微笑む。
「この学園の風紀を案じている颯都クンには風紀委員長の素質が充分ある。
雪斗クンには、サポート役も兼ねて副委員長になってもらいたい。
それに、今回の実力テストの主席と次席だからね」
君たちだから任せようとしてるんだよ、と和泉。
「で、でも…」
戸惑う雪斗の横にはいつの間にか颯都が立っていた。
「此奴巻き込むなよ。困ってるだろ」
隣に立っているが、庇うような姿が玄関前での出来事と重なった。
「やります。僕」
「はっ?」
唐突に宣言した雪斗に、颯都は驚いて隣を見る。
「決断してくれて嬉しいよ。あとは、委員長の席だけだね」
ニッコリと、和泉。
「投票とやらで決めれば良いだろ」
「風紀委員会はそういう風評に流されない人が欲しいんだよ」
「んな事言われても…俺には向いてねぇし、風紀委員になったとしても行き成り過ぎて誰も着いて来ねぇだろ」
「心配入りませんよ!俺が着いてますから」
颯都に返答に困り後頭部を掻きながら理由を付けて断ろうとするが、正反対に意気込んでいる雪斗に止められる。
風紀委員が結成されつつある雰囲気に、颯都は睨むように雪斗を見る。
「(おい…どういうつもりだよ。風紀委員が遣りてぇならもっと遣る気有る奴探したら良いだろ)」
「(颯都さんとだから、やりたいんですよ。それに貴方以上に向いている人なんていないと思います)」
二人は目線だけでテレパシーを通じて会話する。
真剣な表情で説得する雪斗だったが、ふっと頬を染め口元を緩ませて笑う。
「(俺の事、助けてくれましたし)」
「(偶然だ。其れより、俺には遣らなきゃならねぇ事が……)」
目を逸らし、周りの風景に目を留めると、固まったままの和泉と目が合った。
当然だが、凄腕でも人間の和泉には脳内テレパシーが伝わらない。
つまり。
「颯都…そんな無言で見つめ合って…僕が知らない間に深い関係になっちゃったの…!?」
その一言でキレた颯都は、無言で和泉を一蹴した。
「俺は遣らねぇからな」
梃子でも動かない、というように椅子に座って目を逸らす颯都に、二人は顔を見合わせる。
「そこまで言うなら、止めないよ」
苦笑しながら、和泉。
「そうですね…颯都さんの気持ちも考えずに、押し付けがましい事をしました」
反省したような、雪斗。
「解ってくれりゃあ良いんだ。それじゃ…」
「この学園が無法地帯になってもいいならね」
立ち去ろうとした颯都の足が止まる。
「そうなったら、学園中風紀が乱れまくりですよね。血も性も思うがままになってしまいますね」
「あ、でも、颯都クンの所為という訳ではないよ。君は気にせずに過ごしたらいい」
「だからといって、颯都さんが望むような平穏無事な学園生活は到底望めなそうですけどね」
耳にチクチク入ってくる遠回しな毒づきに、二人に背を向けて瞼をピクピク引き吊らせていた颯都は思い切り舌打ちをした。
「……解った。遣りゃあ良いんだろ!」
二人は困った表情から、パッと笑顔になった。
(この二人はなるべく会わせねぇようにしよう)
(どんな強敵よりも、質悪ィ)
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