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target2-12.新入式

あれから、風紀委員会の説明を受けた二人。 颯都は去り際に部屋のカードキーを貰って、ドアを閉めた。 「今、何時だ?」 「え、と…8時16分です」 そうか、と颯都は歩き出し、雪斗は小走りで着いて行く。 「あの…怒ってないんですか?」 「何をだよ」 「強引でしたよね…?でも俺、颯都さんと一緒にいたいんです。何かで繋ぎ止めておきたくて…」 後ろから雪斗の声を聞きながら颯都はスタスタ歩いていたが、職員室前で歩みを止める。 「…俺は、いつかお前を傷付ける。今の内に逃げる準備でもしとけよ」 少し顔を向けただけで、その表情までは見えない。 そのまま職員室のドアを開けて、中に入っていく。 雪斗にはその背中が、何故だか寂しそうに感じて胸が痛んだ。 「……颯都さん…貴方は、何を背負ってるんですか…?」 ぽつりと言った言葉は、静かな廊下に溶けた。 一方、職員室に入った颯都は担任の教師に挨拶していた。 「五十嵐颯都です。理事長の紹介で編入して来ました」 振り返った男は、白衣に紫のシャツ、黄色のネクタイでまるでホストのような出で立ちだ。 「あぁ…お前が特例か。俺が担任の西園寺 琉生(サイオンジ リュウセイ)。理事長から聞いてるだろ?」 おまけに、声まで女性を虜にしそうな甘い色気を醸し出している。 銀色の髪に、颯都を見る金色の眼と笑み。 理事長が言っていた事も頷ける、と思いながら颯都は口を開く。 「"ホストの様な教師らしからぬ教師"と聞いていたので、直ぐに解りました」 「おぉ?なかなか言うじゃねぇか」 「う、わっ…何すんだよ!」 さり気ない毒舌に屈託なく目を細めて笑うと、颯都の頭をくしゃくしゃっと撫で椅子から立ち上がった。 「よーし、新入式に行くぞ~」 抗議の声を物ともせず、先導して歩き出す琉生の靴は、何故か下駄だ。 「(歩き辛そうだな…)」 カラカラと音を立てる下駄を見て歩いていると、琉生が突然足を止めて振り返った。 「なぁ、五十嵐。お前さ…」 金色に近い猫眼が颯都を真っすぐ射抜く。 「純血種だろ?」 「違いますけど…何でですか」 内心ドキリとしたものの表情には出さず、怪訝に眉を寄せた。 警戒し少し身構える颯都を、しばらく見つめていた琉生がへらっと笑う。 「いや、五十嵐は他の生徒と雰囲気違うからさぁ。 生徒会の…二階堂と似たような感じがするんだよな~」 再び歩き出しながら、間延びした呑気な声で言うこの担任を掴めないと思いながらも疑問を返した。 「二階堂って、誰ですか?」 琉生は目を開いて振り向くもすぐに笑う。 「あぁ、五十嵐は外部から来たから知らないか。 二階堂 璃空(ニカイドウ リク)。生徒会長で学園で唯一、純血種の吸血鬼だ」 「…へぇ」 颯都は特に感想があるわけでもなく、生徒会長と聞くと一瞬顔が歪んだ。 「反応それだけかー?」 思ったよりあっさりとした反応に琉生は苦笑する。 生徒会長はこの学園の要。 純血種はこの学園だけではなく、吸血鬼の世界でも偉大な存在。 普通の生徒だったら騒ぐはずだが。 「興味無いし、生徒会嫌いなんで」 冷めた眼でクールに言い放つ颯都に琉生は固まるが、突然思い切り笑い出した。 「あっはははは!!そんな風に言った奴はお前しかいないぞ! やっぱ普通じゃねぇだろ、五十嵐」 ものすごい笑顔でまた颯都の髪をぐしゃぐしゃかき撫ぜる。 「~…あのなぁっ!さっきから止めろよ!」 撫でられるのに慣れていない颯都は気恥ずかしさから手を振り払い琉生を睨む。 「あー、そっちの方がいいな」 「はぁ?」 「これからは俺に敬語ナシな~、五十嵐!」 「何でだ……何でですか」 思わずタメになりかけて言い直す颯都と先程からずっと笑顔のままの琉生。 「俺がそっちの方が好きだから」 それを聞いた颯都は琉生から目を逸らし、話の方向性を変える事にした。 「学生ホール、まだですか」 「ん?自由棟は勉学棟と離れてるからな~、まだ遠いぞ」 「なら道順だけ教えてください」 「五十嵐は先生に冷たいなぁ、もっと甘えてくれていいんだぜ?」 「お断りします」 「お前、甘え下手だろ~先生にはよく分かるぞ!」 「いえ、解って頂けなくても結構なんで」 馴れ馴れしく接してくる琉生に、素が出ないように素っ気なく返す颯都。 そんなやり取りをしている内に学生ホールに着き、両開きの大きな扉を開く。 中は広々としていて、劇場のような造りになっていた。 広いステージに、深紅のカーテン。高い天井には豪華なシャンデリア。 ステージに向かって臙脂(エンジ)色の椅子が並んでいて、そこはもう大勢の生徒で埋め尽くされガヤガヤと賑わっていた。 「えっーと?…二年はあの中心で、五十嵐の席は一番端の右から2番目な」 席順の書いた紙を取り出し、指で辿って確認をする。 「有難うございました」 「おう!頑張れよ~首席挨拶!」 颯都は軽く一列して立ち去ろうとしたが、ヒラヒラ手を振りながら琉生が言った言葉に足が止まる。 「今何て?」 振り向き今一度問う。 「だから、首席挨拶だろ?新入生挨拶の次にある恒例行事。まさか…理事長から聞いてないのか?」 聞いてくる事を不思議に思っていたが、段々とその可能性に気づき恐る恐る確かめる琉生。 颯都は、少し視線を落としたまま何も言わない。 琉生は近づいていき、ポン、と手で肩を叩いた。 「まぁあれだ!今からでも少し時間あるし…頑張れ」 「…はい」 琉生の励ましに頷いた颯都は、自分の席へと歩いていく。 席を見つけると、端に座っている人に軽く頭を下げ通してもらい、隣に座った。 本人は気にも留めていないが、さまざまな視線が集まり噂の的になっている颯都を隣の不良じみた男も凝視していた。 近くで感じる凝視する視線に耐えかねてきた頃、アナウンスが流れた。 「只今から、新入式を執り行います。皆様、静粛にお願いします」 平凡な男子生徒がマイク越しに言うと、話し声の余韻を残しながらホールが静かになっていった。 「理事長から、開会のことば」 新入式が始まり、ステージの壇上で和泉が挨拶している。 颯都に接する気さくな感じではなく、理事長としての和泉が語っていて、生徒からの緊張感が伺える。 私語厳禁の中、話し好きの生徒達がひそひそと話をする声がする。 「理事長ってさ、カッコいいよね!」 「…そうかぁー?」 「うんっ、大人の魅力って感じ!」 「理事長って確か、40越えてんだろ?」 「え~見えない!30代なのかと思ってた!」 確かに、吸血鬼ハンターだった名残からか年を取らない印象は受けていた。 今もハンター協会に関わっているのだろうか。 颯都が別の事を考えている間に、式は新入生の挨拶へと移行していた。 首席挨拶はこの後だ。 挨拶を聞きながら頭で話の順序を組み立て、まぁ何とかなるだろうと結論付ける。 「次は、首席挨拶。二年A組、五十嵐颯都」 「はい」 凛とした声がホールに響き、高等部全生徒・全教師の視線を浴びても尚堂々と歩く姿は、さらに視線を釘付けにし、中には頬を染めている生徒もいた。 生徒会が座っている一角の横を通り過ぎ、双子は笑顔で顔を見合わせ、京弥は眼鏡の縁を指で押し上げ、昶は横目だがじっと見る。 璃空は注視したまま、視線を外さない。 「(ほぉ…首席か。まぁ俺がテストを受けていれば一位は確実だったが、彼奴もなかなかやるな)」 生徒会は新入式の準備は済んでいたが、颯都の身の上を調べ回るのに時間を費やし(結局は何も見つからなかったが)、新入式前はテスト免除もされてされているので、今回のテストは受けていないのだ。 颯都は階段を上がっていき、壇上の中心までいき、一礼をする。 マイクに近づき、口を開いた。 (…あ。颯都クンに言うの忘れてた!) (今回は和泉さんに文句言うまでもないな)

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