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target3-1.腕試し

きっかけは、颯都の一言だった。 「なぁ、剣を振れる道場ってあるか?」 「ありますけど…普段は剣道部が使っているので、一般生は使わせてもらえないと思いますよ」 「分かった、サンキュ」 突然の質問に疑問を覚えながら雪斗が答えると、颯都は細長い棒状のような何かが入った紺の袋を肩に掛け立ち去ろうとする。 「え、ちょっ、颯都さん!どこ行くんですか?」 何となく不安を覚えて雪斗は立ち上がる。 颯都はその声に立ち止まり、顔だけ振り返ると口角を上げた。 「腕試し」 「(…かっこいい……じゃなくて!) 僕も行きます!道案内も兼ねて」 ぽーっとしかけて颯都が去ってしまうのを見て駆け寄ると、染まった頬でニッコリと笑う。 ここで口論していては切りがない。 短い付き合いだが、雪斗はこれ、と決めたら譲らない性格だと颯都は知っていた。 かといって本来の目的が果たせないのは困る。 仕方がないとため息を吐いた。 「余計な手出しはするなよ」 「…はい!」 ぶっきらぼうに言う颯都の背中を追いかけて、隣に並ぶ。 何だかんだ言いながらも、自分が隣にいる事を認めてくれる。 同室だからか、同じ風紀委員として指名されたからか。 どっちにしろ、雪斗は嬉しかった。 頬が緩む雪斗を怪訝に眉を寄せて見やる。 「…俺にくっ付いてても楽しかねぇぜ」 「僕は楽しいですよ?颯都さんの隣にいられるだけで」 本心から雪斗は言う。 どこを歩いていても、どういう訳か噂の的となり注目を集めてしまう。 主席挨拶をしたからだろうか、と颯都は思う。 動物園の檻に自分から飛び込み、鋭い牙を持つ自分の近くにいる。 いつ牙を向くか分からないというのに、のん気なのか大胆なのかよく分からない。 「変な奴」 奇異な感情と僅かな自嘲を笑う。 雪斗はふと思い立ち、そういえば、と話題を変える。 「さっきの腕試しってどういう事ですか?」 剣道部に入部するつもりなのだろうか、と疑問に思った事を聞く。 「道場には剣道部が居るんだろ。力試しになる」 「まさか…剣道部と勝負するつもりですか!?」 「あぁ」 またもさらっと爆弾発言をする颯都に、雪斗は衝撃を受けた。 同時に細長い袋の正体が何なのか、ハッキリと確信した。 …この人……最初からその気で…! 「辞めた方がいいです!颯都さんが強いのは知ってますけど…ここにいるのは、選りすぐりの強豪なんですよ! 特に、部長の伊月 修(イツキ シュウ)は初等部から剣道一筋の強者で、今まで誰も勝った事はないんです!」 下手すれば、怪我で済むか分からない。 必死に止めようと声を大きくする雪斗に、颯都は灰青の眼を好戦的に細めた。 「へぇ、其奴は楽しみだ」 「……!」 駄目だ、絶対、辞める気なんてない。 寧ろ普段はクールな颯都が、心なしか楽しそうにしている。 話を聞いてからも道場に向かって躊躇いなく突き進む姿は、その意思の堅さを表していた。 何にせよ、僕はこの人には勝てないだろう。 それに、今までにない表情をする颯都にやはり胸の高鳴りを感じた。 惚れた者の弱み、というやつだろうか。 まるであの時、みたいだ。 颯都さんが僕を助けてくれた時と同じ。 危機感よりも、あぁ彼らは負けてしまうんだろうなと漠然と感じた、けれど確かな確信。 そして、その通りになった時に感じたのは、もう恐怖感ではなかった。 あの時すでに、僕は……。 鮮やかに思い出を振り返っていると、ポン、と頭を軽く叩かれて心臓が僅かに飛び上がる。 「あんまりぼーっとしてると壁にぶつかるぞ」 「あ、はい…ありがとう、ございます……」 すぐに手は離れたが、低めでも温かく安心するような体温を感じて、雪斗はやっぱり、優しい温度だと思った。 「ねぇ、知ってますか?颯都さん」 「何を?」 「あの時、僕の世界は一瞬で変わったんですよ」 「…何だそりゃ」 おかしな物を見るようにして、颯都は笑った。 どんな表情よりこの表情は真実だと、雪斗は感じていた。 一見冷たく取っ付き難そうでもふとした時に優しさが垣間見える。 彼は学校にも入らず一体何をしていたんだろう。 颯都は自分に関する出来事を話そうとはせず、少し聞いたりもしたが軽く流された。 触れられたくない部分なのだろうか。 それとも単に親しい仲でないから話す気がないのか。 どちらであろうと構わない。 風紀副委員長と同室という席があるだけで他の生徒より優位に颯都に近付ける事は確かだ。 雪斗にとっては颯都の存在一つ一つが神秘的で、話しをして一つまた一つと彼の一面に触れる度に宝物を見つけるような高揚感で胸が高鳴るのだった。 (だから傍にいさせてください) (いつでもあなたを、見ていたいから)

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