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target3-2.剣道部部長

各々が自己の実力を高めようと励み、精を出す。 周囲から感心を受けると同時に負け知らずと恐れられている月杜学園が誇る剣道部。 今日も剣道場は男子の熱気と、木刀を打ち合う音が響いていた。 その扉が突如として開け放たれる。 締め切った部屋の唯一の扉から光が差し込み、逆光で二つの影が浮かび上がった。 真ん中を堂々と歩いてくる姿を、稽古をしていた物達も打つ手を下ろし唖然として見る。 その者達が見る目に、やがて輪郭がはっきりとし、制服に身を包み整った顔立ちと黒髪を持つ紺色の袋を肩から下げた男が映し出される。 その後ろから、控え目に戸惑いながら入ってくる青の少年。 「何者だ?…入部希望者か?」 威厳を感じる歩みと、声。 この剣道部の部長…伊月 修は突然の訪問者を鋭い目で見極めるように見る。 その目をしっかり受け止めながら、訪問者は口を開いた。 「俺は五十嵐颯都。 伊月 修…手合わせを願う」 「ふっ…何事かと思えば、単なる道場破りか」 「そんな所だ」 ビシビシと空間が痺れる。 威嚇し合う空気が、闘気が、周りにも伝わって言葉も忘れて様子を見つめる。 控え目に扉の近くに立つ青い少年、雪斗は息を呑んで見守っていた。 ほとんど動かない空気の中で、颯都は紺色の袋から木刀を抜き出す。 単調な木目は手入れされているが、使い古されているのが分かる。 「構えろよ、部長」 挑発するように、木刀の先端を修へ突き付ける。 その目に、揺るぎない強さを感じた修は口角を上げた。 「…面白い。いいだろう」 颯都にただの道場破りとは違うものを感じ、勝負を呑んだ。 「勝負は三本でいいか?」 「あぁ」 それぞれ木刀を構える姿は、真剣な表情だがどこか楽しげだ。 互いの目線でタイミングを計り、一瞬で颯都の雰囲気が研ぎ澄まされたものに変わった。 「……行くぜ」 その言葉を合図に、一気に間合いを詰めて木刀を振る。 「(ッ…早い…!)」 素早さに目を開きながらも胸の前で受け止め、押し返そうとする。 力の押し合いを楽しむように、どちらの口元にも笑みが携わっていた。 それも束の間、颯都が仕掛け激しい打ち合いが始まった。 一打一打が正確に急所に、力も均等に木刀に乗って修を襲う。 「あの部長が…押されてる…!?」 誰かが、信じられないというように呟いた。 押され気味になった修は、その力が弱まり、隙を見せた瞬間に決めの一打を打とうと考えるが、しかし。 「(…隙が、ない…!)」 攻撃型だが、隙が全くない。 まるで此方の攻撃する場所を見越すかのような動き。 それは相当な場数を踏んでいないと身に付きはしないだろう。 しかし、そんな技術簡単に身に付けられる訳がない。 一体……。 見る者を圧倒する攻防戦を繰り広げていたが、修の手のひらが汗で滑り一瞬力が緩んだ。 構え直そうとしたが、その隙を颯都は逃さず肩に一撃を決めた。 「…凄い…!颯都さん……!」 雪斗は感動した声を上げる。 「……負、けた?」 「そんな、連戦連勝で無敗の部長が…」 呆然とした声がぽつぽつと漏れ出す。 そして無言で口端を上げた颯都に触発され、悔しさを押し殺しながら修は構え直し闘気を燃え上がらせた眼で睨む。 「まだ勝負は終わっていない…!!」 今度は修が振り上げた木の刃を、颯都は受け止めると見せかけて力を流し、渾身の力を流されて驚いている修に突きを決めた。 確かな衝撃に、じわじわと実感と悔しさが押し寄せた。 「慢心鼻を弾かる…ってな」 息を一つも乱していない颯都が言い放つ。 慢心……? そんな事があるものか。 いつだって己を鍛え上げ、勝つ事だけを考えてきた。 慢心など、有り得ない。している筈がない。 そう思うのに、頭は沸騰寸前まで熱くなった。 「お前に何が解る!?私は常に強さを磨き上げ、己を高めようと精進してきたのだ! それを……!!」 「だったら、全力で来いよ…まだ勝負は着いてないだろ」 最早憤りを隠せなくなった修を、凛とした声が遮った。 その声は修の脳に直接響くようで、沸騰していた一気に冷めた気がした。 ふ、と息を吐く。 「そうだな…、剣道部部長、伊月 修。 この部の皆の誇りに掛けて、お前を破る。 全力で、お相手仕る!!」 木刀を地面に突き立て、両手をかける姿には、先程とは違う威厳を感じさせた。 それを感じ取った剣道部の一人が、口を開く。 「…部長!頑張れ~!!」 「…そうだ、負けるなあぁ~!」 「部長の底力を、見せてやりましょう!!」 一人を筆頭に、一気に沸き立つ空間。 雪斗は不安に駆られそうになって、その中に真っすぐ立つ背中を呼んだ。 「……颯都さんっ!」 「…あ?」 「……絶対、勝ってくださいよ」 振り返った灰青の眼が少し驚いたように見開かれたが、次には微笑んだ。 「…黙って見とけ」 そう言うと修に向き直る。 藍色の眼には、先程とは違う、静かな闘志がみなぎっていた。 「待たせたな。さっきの続きだ」 その眼を、真っすぐ見ながら木刀を構える。 「行くぞ…五十嵐!」 修の足が、思い切り床を蹴り上げた。 (もう、負ける訳にはいかない) (私を信頼する、この部の皆の為にも)

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