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target3-3.拒絶
「颯都さん、本当によかったんですか?」
「何がだ」
「剣道部の誘い、断っちゃって」
結論は、颯都の勝利だった。
最初の時より素早く柔軟な動きを見せ、颯都の力強さにも対抗し粘る修だったが、それを上回った颯都の完勝で幕を閉じるはずだった。
しかし、がっしりと颯都の肩を掴んだ修から一言。
「五十嵐、入部する気はないか?」
「…は?」
それに部員も乗っかり、颯都を憧れの眼差しで見る者達も多かった。
その視線と熱から逃れるようにして、やっと抜け出して来たのにこの一言だ。
「目的は果たした。彼処に留まる意味はねぇよ」
「ふぅーん…?」
素っ気なく返す颯都の顔を覗き込むようにして、雪斗は首を傾げる。
「…何だよ?」
「だって颯都さん、すごく楽しそうだったのに。あっさり断るなんて」
「だから、目的は果たしたって言っただろ。
其れに、あの部には伊月が居る」
俺が居ても邪魔なだけだ、と皮肉なしで笑う。
最初は単なる気まぐれで勝負を挑んでいたと思っていた。
腕試しとは、勝負だけではなく風紀委員長として自分がどこまで出来るかを試していたのだ。
彼らしいやり方だと雪斗は思った。
「…颯都さん」
後ろで立ち止まる気配がして、歩みを止めて振り返える前に制服の袖を引っ張られ軸が横に傾く。
頬に、柔らかな感覚。
それが何か認識する前に、スッと離れていった。
怪訝な顔で、頭一つ分低い位置にいる袖を掴んだままの雪斗に目線を合わせると、澄んだ空色の眼が真剣な表情で見つめていた。
「好きです」
突然の言葉の意味が理解出来ず、困惑する颯都にもう一度言う。
「好きですよ」
寄り添うような距離で見つめ合う二人は、端から見れば恋人同士に見えるだろう。
甘い沈黙が流れるように思えたが、颯都の口から出たのはそれと正反対のものだった。
「…俺は嫌いだ」
「どうして?」
「嫌悪するのに理由なんてねぇよ」
酷く温度差を感じるような冷たい言葉。
それは何度となく放たれ、相手を傷付け同じ分だけ自分も傷付けてきた、好意を無碍にする言葉。
しかし、その言葉を受けても尚雪斗は揺るがずに颯都を見つめた。
「どうして、嘘吐くんですか?」
「嘘じゃねぇ、此が本心だ」
「それも嘘」
「何でそう言い切れるんだよ」
淡々とした口論が続き、何を言っても嘘だと返された颯都は苛立ちながら雪斗を睨む。
「どんな嘘を吐いても、僕には分かりますよ」
「あぁ?」
「だって…颯都さんの眼をよく見れば、分かる事じゃないですか」
苛立ちを隠さずに雪斗を睨み見る。
眼が何だと言うのだろうか。
自分の眼なんて鏡でもまともに見た事はないが、鋭く冷たい、鋭利な刃物のような色を宿しているであろう事は知っていた。
颯都はその眼が嫌いでもあったが、同時に便利だと思った。
冷たく睨み拒絶すれば、周りの者は遠ざかっていく。
便利な凶器だ。
凶器を使う度に新しい傷は増え、古傷も一斉に痛み出す。
もっと痛めばいい。
それが自分が与えてきた、痛みなのだから。
「颯都さん、知ってますか?」
「何がだよ」
「言葉は消耗品なんですよ。嘘を吐けば心だって傷付きます。擦り切れて血だらけになれば、それは外見にも影響します」
皮膚が傷付いても、そのうち自然治癒力が働いて治る。
けれど内側が傷付けば、治す事は容易ではないのだ。
深い所に棘が刺さったまま放っておけば、やがて痛みは感じなくなるかも知れない。
しかしそれは、心と身体が伴っていないアンバランスさと危険性を孕んでいた。
そんな事を続けていては、いずれは壊れて、バラバラになってしまう。
颯都の眼は、その一歩手前の眼だった。
心を壊さないようにと身体が出す危険信号。
それを真っすぐ受け取った雪斗には、その眼はナイフではなかった。
「僕は颯都さんが好きですし、颯都さんの眼も好きです。真っすぐで、純粋で」
そう言って無邪気に笑う雪斗。
自分にはそれは似合わない上に、後腐れなく拒絶しようとしたつもりが、逆に言葉に救われてしまっていると気付き、颯都は脱力した。
「…お前の方が純真無垢だろ」
拒絶してきた相手を包み込んで、そんな言葉が口に出来るなんて。
「あれ…颯都さん、顔赤くなってません?」
「気の所為だ」
表情を見上げてくる視線を交わして横を向く。
それでも感じる視線から逃れるようにして、部屋に戻る廊下を歩き出すと軽やかに着いてくる足音。
「あ、もしかして、照れてます?」
「違う」
「素直じゃないですね…」
「ほっとけ」
先程と似た言い合いにも、居心地のよさを感じたのは自分だけではないかも知れないと、雪斗は微かに感じていた。
雪斗の右耳には、小さな礼の言葉が届いたから。
(…ツンデレですね)
(何か言ったか)
(いいえ?何でも!)
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