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target3-6.制裁

「失礼しまーす…」 保健室のドアを開けると、消毒用アルコールのツン、とした匂いが鼻先を掠める。 革張りの家具と、清潔感のある白で統一された落ち着きのある空間。 光の差し込む窓際、紫がかった黒髪の煙草を持った男が、身じろいで口から白い煙を吐き出した。 「あの…すいません」 何だか声を掛けるのを躊躇われて、雪斗は控えめに声を投げかける。 横を向いていた男の、切れ長な紫色の隻眼を向けられて雪斗の肩がビクリと震えた。 高圧的な態度が鼻についた颯都が前に出る。 「アンタが保険医か?」 肯定するようにふっ、と口元が笑み、白衣を着た長身が立ち上がり近づいてくる。 「見ない顔だな?見た所、怪我はしていないようだが…。 それとも、遊んでもらいに来たか?」 颯都の外見を眺めていたが、隣へ目を向け今まで影になっていて気付かなかった琉生に気付く。 「その荷物は何だ?」 「怪我人を運んで来た」 颯都は琉生をソファに座る恰好で下ろす。 先程より腫れは引いたものの、衝撃が強かった所為か赤みが引いていない。 殴る瞬間に力を引いたので、大した怪我ではないはずだ。 一応保険医らしいこの男に治療をしてもらえば大丈夫だろう。 「後は任せます」 颯都は琉生を一瞥すると保健室を出て行き、軽く頭を下げて雪斗はドアを閉めた。 保険医はそれを横目に煙草を吸うと煙を吐き出した。 「…いつまで寝た振りする気だ?」 その言葉を合図に、気を失っていたはずの琉生が目を開けた。 「いや~運ばれてる途中で目が覚めたんだが、せっかくだから運んでもらおうと思ってな」 笑いながら、あー痛かったーと言うあたりタフさが伺える。 久しく見ない姿が可笑しくなり口角が上がる。 「お気に入りに牙でも剥かれたか?」 「俺が生徒に手ぇ出す訳ないだろ~」 「…生徒、とは言ってないが」 琉生の横顔がピクリと反応し、手当ての道具を取り出し追求は続く。 「さっきの生徒だろ、黒髪の」 「…何でそう言い切れるんだ?」 「お前の怪我を気にしていた」 「…へぇ~」 傷の手当てを受け頬にガーゼを貼られながら適当さを装って流す。 「終わりだ。さっさと行け」 「へいへい」 後片付けをしながら厄介払いする保険医に背を向け、ドアを閉めた。 そのままドアに凭れ、ポケットのシガレットケースから一本煙草を取り出し、指で挟んだそれにライターで火を付けて口にくわえる。 肺に苦さを吸い込み、白い煙の息を吐き出した。 ―――――――… ――― ―――――…… 学園では、璃空が異様に颯都に絡んで来たりと騒がしく朝と昼が過ぎていき、噂はヒートアップし続け、ついには璃空と交際しているという噂が一人歩きしていた。 放課後、校内の把握と見回りを兼ねて颯都が一人で廊下を歩いていると、後ろから複数の小さな足音と気配を感じた。 一定の間隔を空けながら着いてくる足音は、確実に自分を着けている。 気配だけで確認すると、曲がり角に差し掛かった時に走り出した。 追う足音も早まり、机や椅子が片付けられてガランと空になった教室に入った。 教室を背景に、颯都は入って来た男達を見据えて立っていた。 ジリジリと迫ってくる不良地味た風貌の男達は敵意を剥き出しにしている。 「楽しい鬼ごっこも終わりかぁ?」 「なぁ五十嵐ィ…、オレらと遊ぼうぜェ?」 下品た笑いを浮かべながら、鉄パイプやナイフをチラつかせる。 「終わったら、たっぷり可愛がってやるから…サ!!」 腹部目掛けて突き出されたナイフをその場にしゃがんで交わすと、足元が疎かになっている男の足を引っ掛けた。 「うぉっ!?」 突然バランスを失った男を屈んだ体制のまま力を込めて鳩尾を殴り、まともに食らった男が呻きながら床を転がる。 立ち上がった颯都に鉄パイプが渾身の力で振りかざされるが、それを難なく受け止め、口元に笑みを浮かべた。 その笑みを見た男は背筋に悪寒が走り、鉄パイプを引こうとするがビクとも動かない。 その間後ろから襲ってきたナイフを素手で受け止め、引こうとしたが血が流れるのにも構わず颯都は刃を握りしめる。 両者が動きを取れずにひるんだ隙に鉄パイプを蹴り上げ、拳を固めて男の顎を殴る。 男が吹っ飛ぶのにも構わず回し蹴りをし、後ろの男の顔面に勢いよく颯都の靴裏が直撃し、顔に見事な靴痕を残したまま鼻血を出し男は気絶する。 三人の男を返り討ちにした颯都は無表情で手から出る血を舐めた。 「悪いが…弱い奴らに興味ないんで」 その様子物音に気付き、途中から固唾を飲んで見ていた新聞部の部長は、血を舐める颯都と転がった男達を首にぶら下げたカメラで写真を撮る。 颯都は無意識だったが、部長が見た颯都の口元は微かに笑みを浮かべていた。 まるで、戦いを楽しむような。 「(一面は此で決まりだ!思わずいいネタが出来た…!)」 スクープの現場に遭遇し写真も収める事に成功した部長は笑み、足音を立てずにその場から素早く去った。 颯都は男達の処遇について考えていて、部長の存在に気付く事はなかった。 このまま尋問したい所だったが、見事に気絶している。 最初に殴った男が気絶したフリをしている事に気付いていたので、その男の頭を叩く。 「おい」 ……… 男は冷や汗をかきながら気絶したフリを貫いている。 「目にナイフ刺されたくなかったら目を開けろ」 男は恐怖に震え、一瞬で目を開けた。 その眼に、ナイフよりも冷たい灰青の眼が映る。 「誰に指示された。答えろ」 「………た…が…ッ」 「ハッキリ言え」 「…会長の…ッ親衛隊隊長が……アンタを突き出したら、好きにしていいって……」 恐怖で渇いた喉から絞り出すように言う男。 「そうか…有難な」 颯都は優しく笑みを浮かべ、それに目を奪われた男の鳩尾を殴って気絶させた。 「親衛隊…か」 どうやら目を付けられたらしい。 しかし問題になっているその実態が解るなら丁度いいかと結論付け、男達を放置して教室を去った。 血を見た瞬間に感じたような高揚感の火を、冷静さでかき消して。 (赤は嫌いだ) (特に、自分の中に流れるこの赤は)

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