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target3-8.膠着(こびりつ)く

「気の所為だろ」 「気の所為じゃありません、今だって赤く……あ、戻った」 「カラコンだ」 「どんなハイテクなカラコンですか」 押し問答を繰り広げている内に、颯都の眼は赤から通常の灰青に戻った。 それでも止まない雪斗の追及の視線から、呼び止める声をBGMに颯都は退室した。 自室に戻り、憂鬱が口から漏れる。 …血の呪いのようなものだ。 今や身体に染み付いてしまい、忘れた頃に少しのハプニングが起きるのだが。 その度に、嫌な記憶も蘇る。 忘れもしない…忌まわしい赤の記憶。 それに一旦蓋をし、服を着替えてから椅子に座り、パソコンと向き合う。 ある人物を探し出す為に行っている情報収集。 各地を旅して聞き回っていた事もあったが、完全には姿を捕らえられなかった。 得策とは言えないが、蜃気楼を捕まえようとするより、一カ所に留まって情報集めに徹する方が良いだろう。 月杜学園に入ったら地味に学生業をやりながら調べを優先しようと思っていた颯都にとっては、風紀委員会とやらに巻き込まれたり、此処まで人との関わりが密接だという事は誤算だった。 しかし、和泉の頼みとなったら断れなかった。 和泉には恩がある。 今は返しきれない程の大きな恩が。 だからこそこの学園に来たが、その為だけではない。 ひたすら情報を調べ続け、壁の時計を見ると三時を過ぎていた。 風呂に入ってから眠りにつき、朝早い時間に起きて制服に着替えた颯都は一人で部屋を出た。 まだ誰もいない廊下を歩いていき、理事長室のドアをノックする。 「どうぞ」 暫くの沈黙の後、ドアの向こうから和泉の声がする。 ドアを開けると突然の颯都の訪問に驚き書類を持ったまま固まる和泉と眼が合う。 後ろでドア閉めると、和泉が書類を投げ出して颯都目掛けて飛び出した。 「颯都ぉおお―――っ!!」 満面笑顔な和泉の抱擁を、撒き散らされた書類に気を取られて颯都は正面から抱き締められる。 「和泉さん、書類」 「いいんだよぉ!そんな事は!それよりも、颯都が朝一で僕に会いに来てくれた事が嬉しいの何のって!!」 ハシャいだ和泉の声に思わず頬を緩めて笑い、少し肩を押して身体を離す。 「ダージリンで良いか?」 「えっ?」 唐突な質問に面を食らう和泉に、颯都は言葉を付け足す。 「昔から好きだから。今日は違うの淹れようか?」 その言葉を理解した和泉はゆっくり微笑んだ。 「いいや。いつものでお願いするよ」 颯都はダージリンティーとアールグレイを淹れ、銀の盆に置くと客用ソファに座っている和泉の前にティーカップを静かに置く。 白い湯気と芳醇な香りが和泉の鼻孔をくすぐった。 長方形のテーブルにはパウンドケーキなどのお菓子が籠に入って置いてある。 颯都は向かい側に回って盆を置いて座り、アールグレイのカップを自分の元へ寄せる。 暖かなダージリンティーを一口飲み、和泉は穏やかに微笑む。 「…颯都が淹れる紅茶は本当に美味しいね…香りも、味も、最高だ。 僕が淹れてもこうはいかないよ」 颯都はそれに微笑んで返し、アールグレイを口元に近付ける。 落ち着きのある、柑橘系の香りがを楽しんでから口に含む。 「ところで、颯都はどんな用事で来たんだい?」 …心配で来た、と言える程正直な性格ではない颯都は遠回しに聞く。 「…和泉さん、最近どうしてたんだ?」 「最近かい?特に変わりないけれど…」 「調子が悪かったりしないか?」 「この通り、健康体さ。僕は健康だけが取り柄だからね」 両手を広げ笑顔を浮かべる和泉に、無理をしている様子はない。 「…そうか」 いつも通りの和泉に、颯都は安堵の息を吐いた。 単に忘れっぽくなっていただけなのだろう。 これが続くようなら考えなくてはならないが、とりあえずは大丈夫そうだ。 「変えた所ならあるけどね」 和泉に視線を戻すと、さてどこでしょうかー?と微笑みながら颯都を見ている。 颯都はチラッと和泉を見てから横を向く。 「前髪、だろ」 3cmばかり前より髪が切られているのを颯都は見抜く。 「さっすが僕の颯都!僕心をよく解ってるねっ!」 立ち上がって奇妙にクネクネと踊っている和泉を見ないように颯都は残りのアールグレイを啜った。 「冗談はここまでにして…颯都」 座った和泉は真剣な眼で颯都を見た。 「最近頭痛が起きる事はないかい?」 和泉が指すのは、颯都が人と触れ合う時に感じる、眼が赤くなる前触れの症状だ。 颯都はそういえば、と思いながら頭を振る。 「それは良かった。 君が編入して来た時より強力な結界をこの学園に張ったんだ。 だからもう、コミュニケーションに気を遣う必要はないよ。 安心して学園生活を満喫するといい」 微笑んで言う和泉だったが、颯都はそれとは違う複雑な表情だった。 「…和泉さんの気持ちだけ受け取っておくな」 二つの空になったティーカップを銀の盆に載せ、給湯室で洗って拭き、元の場所に戻す。 「其れじゃあ、またな。和泉さん」 「颯都くん」 和泉は両手を組んで考え込んでいたが、颯都の立ち去ろうとする姿に立ち上がって名前を呼ぶ。 颯都は立ち止まり、前を真っ直ぐ向いたまま口を開く。 「此の呪いが解けるまで…俺は忘れない。 今度こそ、俺の力で運命を切り開いて見せる。彼奴の…好きにはさせない」 灰青の瞳にあるのは、冷静さの中に隠された、誰かに対しての憎悪。 唯一全ての事情を知る和泉は、低く怒りを押し殺したような声に何も言えなくなる。 「其れまでは、俺は俺自身を…赦さない」 振り返らず、颯都は出て行った。 残された和泉は、ソファにドカッと凭れる。 「…役不足、か……」 小さな呟きが、一人残された部屋に溶けた。 (君を憎悪から解放したいのに) (僕はどうしてこうも無力なのか)

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