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target3-9.委員会活動
食堂に行く前の曲がり角で、青い髪の少年が颯都に気付かないまま突進してきた。
「っわ!?」
「っと…大丈夫か?」
ぶつかった衝撃で後ろに転びそうになった相手を反射的に自分の側に引き寄せる。
「あ、ありがとうございま…」
お礼を言いさして顔を上げ、バッチリと眼が合う。
気配で気付いていた颯都は特に驚く事なく口を動かす。
「…はよ」
「…おはようございます!」
颯都にしか見せないとびきりの笑顔で、雪斗は笑った。
「スクープ発見~」
突然後ろから聞こえた声に雪斗がはっとして振り向く。
気付いてはいたついでに見ると、指でカメラの形をとって悪戯っ子の顔でなーんてな、と笑う琉生の姿。
「お前ら、こーんな朝早くから廊下でいちゃついてたら格好の的だぞ」
琉生が言う通り端から見たら、颯都が雪斗を抱き寄せて寄り添っているようにしか見えない。
指摘されて顔を赤らめる雪斗。
「違う」
颯都は支えていた手を離して"いちゃついている"と言われた事を否定する。
「まぁ何にせよ、五十嵐は注目の的って事だ」
意味が分からずに怪訝に眉を寄せる颯都と、疑問符を浮かべる雪斗の前にB4サイズの新聞記事が突き付けられた。
「鬼の風紀委員長の再来…?
えっ、この写ってるのって…颯都さん!?」
琉生から紙を受け取った雪斗は記事の内容に驚愕する。
「凶器を所持していた三人の男を、素手で倒したんだってなぁ?
親衛隊の制裁を諸共せず返り討ちとは、やるじゃねぇか!」
冗談っぽく笑いながら颯都の肩に腕を回し頭を掻き撫でる。
「止めろって…!」
「照れるな照れるな」
「嫌がってんだ!」
「つか五十嵐…ほんといい匂いするよなぁ」
颯都は腕を解こうとするが琉生はさらに絡めながら首元をスンスンと嗅いでいる。
顔が赤い颯都と、反応を楽しんで笑う琉生。
端から見れば絵になる光景で、それを見せつけられた雪斗は少しムッとしながら声を掛ける。
「西園寺先生もこんな所で颯都さんにちょっかい出すのもどうかと思いますけど」
「なんだぁ~白瀬、ヤキモチかぁ?」
ニヤニヤしながら、琉生はやっと絡めていた腕を離す。
解放された颯都は息を吐き距離を取った。
「そうだ、今日の昼休み空けとけよ~?
風紀委員会として用事があるからな」
最後にそう言い残し、じゃあな~とヒラヒラ手を振って下駄の音を立てて去って行く自由な教師を、二人は何とも言えぬ面持ちで見送った。
いつも場を掻き回すだけ掻き回し、気が付けばサッといなくなる琉生だった。
「…颯都さん」
沈黙を破った雪斗に颯都は視線を向ける。
「親衛隊が襲ってきたって、本当なんですか?」
一度流れた話だが、雪斗は流す気はないらしい。
「お前には関係ないだろ」
わざと、遠ざける言い方をする。
しかしそれで引く雪斗ではない。
「僕には副委員長として颯都さんをサポートする役割があります。それに…颯都さんの力になりたい」
立ち止まって話をする二人を、生徒たちが注視して様子を気にしながら通っていく。
昨日の今日でまた騒がれるのは御免だと思った颯都は、雪斗の手を引き人気のない場所へ連れて行った。
「此は俺の問題だ。お前が首突っ込むなよ」
「知ってます。
…颯都さんは優しいから、巻き込まないようにそう言ってるんですよね?俺…もっと強くなります。
颯都さんと、並んで隣を歩けるように」
雪斗は純真な決意を表す。
まっすぐで素直な空色。
直視出来ずに眼を逸らした。
そもそも、意思を持った言葉を変える事なんて出来ないのだ。
変えるつもりもないだろう。
なのに自分の言葉を待っているのだから、可笑しな話だ。
「…勝手にすればいいだろ」
見ていなくても、雪斗が笑っているのが分かった。
昼休み、琉生に呼ばれた二人は風紀委員室に案内されていた。
勉学棟の最上階、生徒会室と廊下を挟んで向かい合う形で風紀委員室はあった。
押し開き式の黒い重厚な造りのドアを琉生が開き、颯都と雪斗も中に入る。
「ここが風紀委員の庶務室な」
「わ…凄い…」
雪斗が驚きと感心を混ぜた声で呟く。
広々としたモノトーンの空間で、黒を貴重とした家具で構成され、床はチェックの白黒タイルが敷かれている。
「悪くないな」
清潔感と気品が漂い、どこか颯都に居心地の良さを感じさせた。
「だろ~?なんなら俺が使いたいぐらいだ」
琉生は腰に手を当て、何故か自慢気に笑う。
入口付近には洗面所とドアがあり、隣のドアはトイレだと説明を受ける。
横の棚にはコーヒーメーカーとポット、棚の中には金食器が綺麗に並べられている。
部屋の奥にはどっしりとデスク構えてあり、何個かのデスクが配置されていた。
上にパソコンが置いてあっても狭さは感じない程余裕がある。
「庶務する時はここを使うといい。書類整理とかな。
粗方想像は付いてるだろうが、親衛隊の対応や他委員会や部活の取り締まり…兎に角、書面での仕事が多い。その上、生徒会からの書類も回ってくる」
確認の意味で琉生が視線を送ってくる。
「あぁ」
仕事場で書類を書くことと同じなのだろうと二人は頷く。
「分からない事があったら、遠慮なく俺に聞けよ~?
優しく手取り足取り教えてやっから」
目を細めて口端を吊り上げる教師に、胡散臭さを感じずにはいられなかった。
「いや、遠慮しとく」「いや、遠慮しておきます」
二人の声が見事にハモる。
冗談だよ冗談、という子供のような笑顔に颯都は眉を寄せ、雪斗はどこまでが冗談なんだろう…と思う。
「じゃあ次なー」
奥の左側のドアから部屋へと案内されると、そこは寝室だった。
柔らかい白い布団がかかった黒いベッドが2つ。
不思議に思う二人に、琉生が説明する。
「仕事が多い時は睡眠時間が削られる事もある。だからこうやって、仮眠室として設けられてるんだ」
雪斗が納得して頷き、颯都はさっきから考えていた違う疑問を口にする。
「右側の部屋は何なんだ?鎖と南京錠か掛かってたけど」
「…見たいか?」
「僕も、ちょっと気になりました」
琉生はニヤリと笑うと、鍵を指に掛けてクルクルと回した。
右側のドアの南京錠を鍵で外し、ジャラジャラと音を立てながら扉に巻きついた鎖を床に放る。
琉生がドアを開けると、窓のない暗い空間が口を開ける。
そこは明らかに、異質な空気感だった。
「ここは…」
「拷問部屋」
その言葉に雪斗は唖然、颯都は口元を引きつらせた。
よく見れば壁には取り付けられた鎖と、床には拷問道具が散乱していた。
血が変色して黒いものがこびり付いている。
「前の風紀委員長が、尋問に使う為の部屋にしたんだ。まぁ本人も、変わった性癖の持ち主だったからな」
「…悪趣味過ぎだろ…」
風紀を取り締まる為でも委員長でも、人間的にアウトな気がした。
それ以上は何も言わず、異様な部屋から退場した。
「これで案内は終わりだな。聞きたい事はないか?」
「いや…」
「僕も特には」
二人が答えると、琉生は颯都に鍵の束を渡した。
「あの部屋も、好きに使っていい。
じゃ、無理しない程度に頑張れよ~」
琉生が出て行った後、二人は暫し固まったまま呆然としていた。
(…使わないですよね?)
(使う訳ねぇだろ)
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