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絶対的支配のNOIR13(1)

「ところで……剛とはうまくいってるのか?」  突然の問い掛けに、一瞬返答の言葉を失った。  会うなり第一声がこれだ。驚くのも無理はない。目の前に立ちはだかる組織の頭領に、部下の剛との深い関係を知られてしまってから、まだそう日は経っていなかった。  香港での仕事を一段落させて、頭領、白夜が帰国した際に、剛に半ば強引に抱かれている現場を目撃されてしまってからというもの、再会するだけだって多少気重だったというのに。  帝斗はそう思いながら、息の詰まりそうなこの状況に硬直していた。  『機密データを持って至急香港へ来い』  所属する裏組織『xuanwu(シェンウー)』の若き頭領である氷川白夜からそんな指令が届いたのは、梅雨明け間近の午後だった。組織幹部で白夜の腹心である帝斗は、その指令を目にした途端、落ち着きのなく瞳を泳がせた。 ――今更こんなデータをどうするつもりだ?  ファーストクラスの最後部座席に座り、さして役にも立たないような古い情報が入った一枚のディスクを手に取りながら、帝斗は訝しそうに首を傾げていた。  それは特殊なデータでもあった。  内容が極秘だとか重要であるとかいうわけではない。どう特殊なのかというと、白夜と自分以外にこのデータの存在を知る者がいない、ということだった。  奇妙な呼び付けに首を傾げながら、帝斗は窓の外へと視線をやった。 ◇    ◇    ◇  啓徳(カイタック)(旧空港地)が閉鎖されてしまった現在は、着陸時のあの独特な感覚が懐かしくもあり、もうすぐ到着間近の街並みを見下ろせば、甘く苦く胸が痛み出すのをとめられない。  この香港の地を一番最初に訪れたのは、白夜と一緒だった。啓徳空港に着陸する瞬間を、白夜の胸元に抱えられるようにしながら窓越しに見つめたのを、鮮明に覚えている。まだ側近に成り立ての頃のことだ。  ビルの間を縫うようにして降りる光景に、思わず感嘆の声をあげたのがつい先日のことのようだ。隣りにはそんな自分を可笑しそうに見つめる白夜の瞳があった。  懐かしい思いに逸り出す心の奥で、甘い痛みが蘇るような気がして、帝斗はギュッと唇を噛んだ。  白夜の元を訪ねることになっているのは明日だ。  予定よりも一日早い飛行機に乗ったのはいろいろと準備をしたかったから。先ずは会う直前にはシャワーを浴びてきちんと身なりを整えたかった、それが一番の理由だ。  本来なら空港から直行すればいいだけの話だが、何となく帝斗はそんな忙しないのが嫌だった。身なりに限らず、気持ちを落ち着ける余裕を持ちたかったというのも本当のところだ。  先日、白夜が一時帰還した際の衝撃の出来事は、そう簡単には互いの心から消えてはくれないだろう。お互いの為にも、わだかまりの無く再会するには、心を落ち着けるだけの余分な時間が必要だった。  まあそんな理由めいたことはいいとして、とにかく帝斗は予定よりも一日早い香港の地に降り立つと、白夜の住居がある香港島とは対岸の九龍地区にホテルを取って一晩を過ごすことにした。 ◇    ◇    ◇  部下の剛と深い情事を重ねていたことを白夜に知られたのは、先日白夜が一時帰還した際のことだった。自分が同性である男と色恋沙汰になっているということも無論だが、剛と交わっている場面を目撃されてしまったことが何よりの衝撃というか、今回白夜に会うのに躊躇してしまう一番の理由でもあった。  会って何を話せばいいのだろう、まあ、互いの色恋のことなど一々詳しい話題になどなることもなかろうが、それでも帝斗はやはり気が重かった。  白夜に対する永年の募る想いがバレてしまったわけでは無かったので、その点では少しホッとした感があるにしろ、男色だなどと軽蔑されていないか、或いは軽蔑を通り越して嫌悪されていやしないかなどと、今更ながら女々しい思いが次から次へと湧き上がる。そうだ、今更白夜にどう思われていようがそんなことはどうでもいいはずなのに。  こんな自分を命がけで想ってくれる剛という存在がありながら、まだこんなモヤモヤした気持ちになるなど不謹慎にも程がある。帝斗はそう思うと、自分自身に酷い嫌悪感がこみ上げてならなかった。 ――やるせなかった。  絶景の夜景をぼんやりと見つめながら気持ちを落ち着けようと強めの酒を煽り、だがやはりそうそう都合よくは眠気も襲ってきてはくれないらしい。明け方になってようやくとウトウトとし始め、そんな手際の悪さにも苦笑いの漏れる思いがしていた。

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