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絶対的支配のNOIR13(2)
次の日は昼を過ぎた頃になってようやくと目が覚めた。よほど気疲れしていたのか、前の晩の不摂生のせいか、とにかくこれ以上寝過ごさなくてよかったと安堵の思いに自然と溜息がこぼれる。
そのまま遅めの昼食を摂り夕刻になってシャワーを浴びると、帝斗は真新しい下着を身に付け、ワイシャツも下ろしたての新品をチョイスした。普段よりもシャープなイメージにしたくて、髪もタイト気味に整えた。
だが、隙のない完璧ないでたちの帝斗を迎えたのは、相反するラフな姿の白夜だった。
懐かしい邸の中庭をくぐり、香港の部下たちに丁寧に迎え入れられ、そうして訪れた白夜の私室領域に近付くと、不思議と脚が震えるような感じが襲ってくる。
部屋の扉は開けっ放しになっていて、廊下からでも中の様子が窺えた。
白夜は卓上に腰掛け長い脚を持て余すようにして、何かの書類らしきものに目を通しているようだった。
洗い髪に何も手を加えずといった、整髪していないストレートの黒髪が開け放した窓からの風に揺れている。木綿系のラフなシャツを軽く羽織っただけの姿は、風が通る度に肌蹴た胸元がチラチラとよぎるのが、何とも目のやりどころに困るくらいだ。
こんなことを思うこと自体が不謹慎というか、普通ではない。
そんなことに気が付き、帝斗はハッと我に返ると、極力平静を装って声を掛けた。
「白夜? 僕だ。入るよ?」
「ん――? ああ、帝斗か。今着いたのか? ご苦労だったな。迎えに行ってやれなくて悪かった」
「ん、お前も元気そうで何よりだ」
にっこりと微笑み、組織頭領への尊敬と服従の証といわんばかりに、丁寧に頭を下げて見せた。
「相変わらず律儀なことだな?」
きちんと着こなされたスーツ姿がお前らしいとでもいわんばかりにクスッと微笑むと、懐っこい感じでそう言われて、帝斗は思わず頬の染まる思いがした。
こんな子供のような笑顔は、普段部下たちの前では見せない男だ。それなのに自分にだけは相も変わらずこうして素のままの笑顔を向けてくれるのか、そう思うと次第に胸が高鳴ってくるのをとめられそうもなかった。
ドキドキとうるさい程に響く心臓音、それに伴い紅潮しているのをはっきりと感じる頬の熱、鎮まれ鎮まれと念じれど走り出した気持ちは、そうは簡単に方向転換してくれそうにもない。
一目その姿を見ただけで――
会っただけでこんなに動揺している自分が情けない。第一日本で待っている剛に対してだって申し訳ないではないか。そんな思いに自己嫌悪感をますます募らせる帝斗をより困惑させたのは、その直後のことだった。
「データだ。先ずはこれを渡すよ。けど何だって今更こんなものを……どうする気だ?」
とりあえずは仕事の話で紛らわせようと、持って来たCDを差し出した。だが白夜はそんなことには目もくれず、それどころか帝斗を酷く驚かせるようなことを訊いてよこした。
「剛は元気か?」
「え……っ!?」
あまりのストレートさに、一瞬唖然となってしまった程だ。
「剛――あいつは頭もキレるしなかなか見込みのある男だ。今月からあいつを幹部に取り立てようと思うんだがどうだろう?」
「いや……どうってその……お前がそう思うのならそれでいいんじゃない……か?」
何故そんなことを自分に訊くのだろう。白夜の真意が全く解らずに、帝斗はギョッとしたように硬直し、しどろもどろに言葉を詰まらせた。
それどころか一番話題にされたくないことを真正面から突き付けられて、戸惑いなどといったどころではない。
だが白夜は満足そうに笑むと、更に帝斗を驚かせるようなことを言ってのけた。
「そう、俺がそう思うなら異存はないか? 賢明な答えだ。俺の決定は絶対だ、俺がこうと決めれば部下であるお前は有無をいわずに従う、それでいい」
「あ、ああ……そうだ……」
「剛を幹部に昇進させる。これからはお前の腹心としてより重要なポジションで働いてもらうとしよう」
「……あ……うん、そうか……」
「ところで……剛とはうまくいってるのか?」
唐突な質問に帝斗は絶句した。
うまくいっているのか、とは一体どういう意味で訊いているのだろう?
返答に困りきった挙句、黙ってうつむいてしまったのが気に入らなかったのか、少し不機嫌そうにしかめられた眉間を目にして帝斗はハッと我に返り、
「ああ、お陰様で……」
などと、咄嗟に思慮の浅いような言葉を漏らしてしまった。
その返答に白夜は少し苦そうに笑うと、
「そうか、折角うまくいっているところ残念だが剛とプライベートで付き合うのはやめるように」
断定、命令するような口調で予想外のことを口にした。
――えっ!?
「聞こえなかったか? 剛との関係は認めない。無論、情事など以ての外だ」
帝斗は硬直した。
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