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第234話
「すっ、すぐ止まりますからっ」
とは言え勝手に出てくるこれを指で押さえようにもちょっと足りなくて、指の隙間から流れ出る。人ってびっくりし過ぎるとこうなるんだ。冷静な頭で考えられるようになって、漸く溢れた涙は引っ込んだ。
「僕たちの方がびっくりしたよぉ」
「す、すみません。もう、本当に、大丈夫です」
「ん」
「あ、ティッシュ……ありがとうございます」
テーブルから取って来てくれたらしいティッシュ箱を差し出される。2枚取って手を拭い顔も拭く。
落ち着いた俺を見て鶴来先輩が座ろっか!お菓子もあるよ!と提案してきた。
「いや、ここお前の部屋じゃねえから」
「いーじゃん!じゅんじゅんのケチんぼサクランボ!クリームドーナツあげないもん!!」
「ボストンクリームドーナツかっ!?先に言えっていつも言ってんだろ!!」
「今言ったもん!だからじゅんじゅん、いつものコーヒー用意して!」
良く分からないけど急に従順?になり言われた通りコーヒー準備しにキッチンに向かっていった。そんなにあのドーナツが好きなんだろうか。
ボストンクリームドーナツと言えば確か、ふわふわの生地にカスタードクリームがたっぷり詰まっていて、フィリングのチョコレートも最高のポピュラーなお菓子。
向こうにいた時に何回か食べたけど、普通に美味しい。でもあんなにテンション上がるものだったっけ?
「戻ってくるまでちょっとかかるよね!れおちん、ちょっと味見しよ」
「え、待ってないで良いんですか?」
「うん!びっくりさせちゃったからお詫び!好きなの選んでいいよ!」
「わっ!!なんですかこのカラフルなチョコ!!最高に美味しそう!!」
箱を開け、覗いた俺のテンションも勝手に上がる。
だって、向こうで見たものと全然違う。ただの真っ黒いチョコレートじゃなく、ピンクに黄色に白。その上には更にカラーチョコスプレーとトッピングシュガーとアラザン。
見てるだけで楽しいドーナツがいっぱい入っていた。
「中のカスタードもチョコと普通のと2種類あって、あとは生クリーム入ってるのもあるんだよ!」
「俺の知ってるのと全然違う!美味しそう!」
白いチョコにカラフルな星がたくさん散らばったそれにかぶり付くと、中身はチョコカスタードだった。
もちもちの生地に歯切れのいいカスタード。ちょっと苦いビターなチョコレート。
機械の大量生産ではないだろうと感じられるそれらが頭の先にまで広がって、美味しさのあまり脱力。ソファの背に凭れかかる。
「ふひ、ほいひいひぇふ……」
「あはは!れおちんの顔、今にも溶けそう!そんなに美味しい??よかったねー!」
「んぃ」
頷いて、もう一口。
甘すぎないカスタードに表面にかかっている砂糖のカリカリ感と適度な生地のもちもち。
やっぱり美味しくて、至福のひと時だ。
このままちょっと寝たい。
だって、さっき、大変だったから。
汗いっぱいかいて頑張ったから………
何か忘れてる気がするけど、今はちょっと考えたくない。
美味しさに包まれていたい。
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