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第261話(???)

「はは、やーっと出た。もうワンコールで切るところだったよ」 『2コールで切るお前が3コール以上鳴らしている時点でき――』 「ところでー、前に言ってた件だけど」 電話口の相手の状況など気にも留めず、相も変わらずボイスチェンジャーを使い勝手に話し始めた。抑揚のない声で好き勝手するのが本来である。 真白な部屋の中央には広々とデスクを、ドアと向かい合うように椅子を置いている。 この部屋の住人は余程警戒心が強いのだろう。背後を取らせない配置だ。目の前には6台モニターがあるが、電源が入っているのは目の前にあるノートパソコンと、左斜め上の1台のみ。 だが、上の1台はどこかの廊下を映しているだけで動きはなく、目の前のモニター画面は真っ暗だった。 もしかすると、会話に集中するためかも知れない。 『それで?こんだけ待たせたんだ、何もないとはい』 「なくはない。でも過去って程のことのものもねー、ない。日本生まれで3歳で海外に行ってー、そこで12年過ごし昨年日本に帰って来た。そこからの1年は、ふめー」 『不明?学校は?』 「学校には行ってそうにないなー」 『行ってない?なんで』 「12年の間に、飛び級で高卒認定も博士号も取得済みだーから」 『………は?なんだその規格外の頭』 まじでなんなんだ、あいつ。久々にイライラしてきた。俺より頭いいとか、ムカつくな。 ブツブツと呟きながら当初言っていた“満点野郎”でも思い出したのか、チッと舌打ちまでする始末。 けれども、今それを自分に言われても知らないねー。とでも言いたそうな溜め息を吐き、話を続けた。 珍しく人間味ある行為だったが今の相手には聞こえていないだろう。それほど熱が入っているように感じられた。 「学園に来た経緯は、貴方の方が詳しーでしょ。学長と親戚だから」 『ああ、理事が誘ったらしいな』 「学長がー、まあそうか」 『なんだ?違うのか?』 「いやー?で、最後のアレね」 何か言いたそうに声を発した相手だが、やはり割り込むことは出来ず、次の話に移ってしまった。 しかし文句を言うことはなかった。こちらも珍しく大人しい。 「ふふ。貴方はこれを一番聞きたかったみたいだね」 『悪いか?あと、お前は性格悪くなるとオネェが出るな』 「んー?今晩夢に出てあげようか?私が貴方の為に麻縄を茹でてあげる夢」 『胸クソわりぃな、出てくんじゃねえよ。で?』 「はいはい。結論を言うと、自分にもそれは分からない。見えないからなんとも言えないね」 『見えない?』 「そう。彼に確認する術を持ってない。良く聞くのは、手首や腿、腕を傷つけたり。髪を抜く、なんて言うのもあるみたい。あとは爪を噛んだり?自傷って言うだけあって目に見えるのが基本、みたいだね。傷を確認できると安心するー、とか」 「傷が出来たと、確認……」 話はいじょー。そう言って切ろうとすれば、おい待て。 強めの声に思わず動きが止まっていた。 仕方ない。次は何だろうかと聞いていると訳の分からないことを言う。 『傷が見えなくても自傷って言うと思うか?』 「んー?今度はそれを調べろーって?」 『そうじゃない。お前はどう思う?傷のない、自傷行為。それとお――』 ヘッドホンから聞こえてくる声に瞬きをゆっくり繰り返し、3回と共に、目元は鋭く真っ暗なモニターを見つめていた。 「………いみふめー」 『おい?ちょっ!まっ、切るのはなs――』 ブツっと通話を終える。 次の瞬間、ガチャとドアが開いた。 それで? 今までの会話をまるで聞いていたかような口ぶりで入って来た人物。 物腰柔らかな声と態度。するりと滑らかに歩き、デスクを回ると見下ろしにこりと笑いかけた。 ヘッドホンを外し、ふぅ…一息吐く。 彼が来ると面倒なのだ。圧や色々なことが。 「カサネ――」 「ううん、違うよね?」 「……すみません。潤冬は、落ち着いていましたよ。納得はしていた」 「納得は?」 「あ、いえ、その……」 「うん?」 ハッキリしない返事に笑みが深まっていた。 機嫌が悪いのか、ただ回答を促しているのか、いまいち分からない態度。毎回肝を冷やす此方の身にもなって欲しいものだと溜め息を吐きたい衝動を抑える相手。 先ほど彼としていた通話と違う態度にこちらが素なのだと容易に予想できるだろう。 「その……傷のない自傷行為は存在するのかと……」 「傷のない?さぁ、どうかな?君はなんて?」 「意味不明と」 「そう。他には?」 「他は、特にないですね」 あの時の続きについては、言えなかった。 嵩音潤冬の言った“それとお前、俺に言えない何かを、抱えているんだろう?だから一週間もかかった。間違いないな?” ハッキリとはしていない。だが確信を持っている言い方だった。 気付くのも時間の問題ではないだろうか。 自分が、彼と――― 「そう。それなら僕は行くね」 「ああ、はい。彼の世話も程々にして下さいよ?」 出入り口に向かう彼に声を掛ける。 これ以上ややこしくしないでくれと言う念を込めて。 「世話をしている気はないよ。あの子が離れないだけ」 「それなら、言ってあげれば良いじゃないですか。帰りなさいと」 「待っているんだよ。可愛いあの子が動くのをね」 「潤冬ですか?」 その回答に、ノブに掛けようとした手が止まる。どうやら正解のようだ。 しかし彼はこちらを向いた。今までで一番の笑みを見せ、薄い唇から白い歯を光らせ口を動かした。 「違うよ。君もまだまだだね、昂科」 そう言って今度こそ部屋を出て行った。 閉まるドアに漸く喉のつかえが取れるのを感じていた。 「貴方もきっと、まだまだですよ。春灯(しゅんと)」 そう、自分が彼の兄と繋がっていることに―――…… ××× 最初から知っていたのは、彼。

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