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第274話

「おたっ、わたみっ!!!」 「っ!ちょっと君!離しなさっ」 遠くから叫び、駆けてくる彼から逃げたかったのに…… 和民が駆け出す前に、羽葉は彼の手首を掴んでいた。まるで自分が先程された仕返しだと言わんばかりに。 「もう、逃げないで」 「………」 「俺にはまだ出来ないけど、貴方は……」 お互いに見つめ交じり合う視線。 その瞳のでは一体何を思っているのだろう。 不安な気持ちを隠しているのは、和民なのか、それとも羽葉の方なのか。 ポーカーフェイスの二人からは読み取れそうになかった。 「君も、その時には逃げずに向き合ってあげてください」 和民の言葉に対する返事は、桜渚の声でかき消されてしまう。けれど、確かに動いた唇を読むのは、彼にはそう難しいことではない。 スルリと羽葉から抜け出ると今度は逃げることなく、近づいて行く。 「おい。さっきの話、本当か」 「っ……」 少しばかり不機嫌な声。 逃げないと覚悟を決めても足はすくみ、言葉は容易に出そうにない。 お礼を述べたいのだと羽葉は言っていたが、本当にそれだけであろうか。今までの情報について一ミリも怒りがないはずはない。 どれほどの思いでいたのか、近くにいたからこそわかる。 だから、余計に隠れていたかった。 殴られるのだろうか、怒鳴られるのだろうか、 それとも、自分だと知って、失望したのだろうか…… 恐くてこわくて、和民は顔を上げられそうにない。 ジリリ………… 足は勝手に退いていた。 「らち明かないなあ!!」 「っうわ!」 「おいっ!?」 ドンッ!と逃げそうになっていた和民の背中を強く押し、最初に焦れたのは、当の昔にいなくなったと思っていた羽葉だった。 不意打ちの行動で倒れそうになるも、慌てて駆け寄る桜渚に抱き止められる。 「はばくっ!??」 「なにしてんだてめぇ!!」 「始めっから抱き合っていちゃいちゃしてろ!このじれった年の差夫婦!!!」 「!!!」 「はぁぁあああ???」 やりたいこと、言いたいことを言え満足げに笑って颯爽と逃げていった。 それにぶちギレない桜渚ではなく、和民の腕から逃れ追いかけようともがく。 「っんだあいつ!!」 「えっ、ちょっ、雪くん!まっ、待って!!」 「…ぁあ?……あほ。行くかよ……」 「えっ、え……え!?」 「おまえ、慌てすぎだろ」 「だって!!」 ハハッ 笑った桜渚は、どうしてか体を丸めて和民の腕の中にいた。

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