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第276話
雪くん。和民がその短い言葉を言い切る前にがばッと顔を上げお前さあ!叫んだ。どうしてか苛ついた声だ。
だが、目元は少しばかり赤みを帯びていた。
「お前さあっ!なんでもっと早く言わねえんだよ!!俺がどんな思いでいたか――」
次から次と言葉を投げてくる桜渚。
だけど頭の中では別のことを考えていて、話は半分も入ってこない。
僕だとバレて、ガッカリさせてしまった。きっと最後はこう言われるに違いない。
なんでお前なんだ、と。
話を聞いていると彼の探し人はどんどん美化されていたのだ。
自分に気付いて介抱してしてくれた。優しい手つきに綺麗な声だった。相手の全てに感謝している。早く会いたい。きっと素敵な人だ。明るくて笑顔も可愛くて……
仕舞にはこう言われ、頭が真っ白になった。
ここまでして見つからないのは、あの人は女神だったのかもしれない。
それほどまでに自分に優しくしてくれた。
聞くたびに増えていく彼の中の美しい探し人。
正直、恐かった。
恐くて仕方なかった。
なぜならその女神は、男であり、自分。
手当てしたのも本当に偶然なだけ。
店の裏口近くにいた彼をたまたま見つけハンカチで少し血を拭っただけ。
特に何もしていないし、羽葉の言っていたお礼なんてされる意味がわからない。
もしかすると自分のあとに手厚い看病をした誰かがいて、それと混同しているかもしてない。
それこそ見つかってしまい、でも彼の勘違いで自分でなかったと分かった時、きっと絶望させてしまう。
悲しむ顔を見るのが恐い。
だから、余計に撹乱させるしかなかった。
どんどん膨れ上がる恐怖に、桜渚を見上げられない。
彼が今、どんな顔をしているのか、確かめられない……
どんどん下を向く。
体から血の気が引く冷たさを感じた。
「…ぃ、…た、?わた……?」
呼吸も碌にできない。
視界はどんどん狭くなっていく。
「お……たみ?……ぃ、わ……」
グラグラと足が崩れて行く感覚があった。
出来るなら、このまま奈落まで堕ちて身を隠して欲しい。
「……たみ!わた、み!和民!!」
「ハッ!ぁっ……」
何度も名前を叫ばれていることに気が付き、思わず顔をあげてしまう。
だが次の瞬間、目の前はグラリと回り全身から力が抜けていた。
「おっ!おいっ!?」
桜渚の声を遠くに聞きながら、和民はどこか安心したようそのまま気を失った。
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