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第278話

和民はぐたりとベッドに横になるしかなくなっていた。 あれからどのくらい時間が経っているのかも分からなくなるほど、彼――桜渚 雪は自分を離してくれなかったのだ。 もうどこにも行くなと言われているようで、それはそれで嬉しかった。 でも流石に体力の限界である。 キョロ……周りを確認すると彼は部屋にいない。 それが分かると、はぁ、安堵なのか溜め息なのか一つ息を吐いた。 ガチャと次にはドアが開いたが、手にペットボトルを持っている彼の姿を見て、今度は安堵したようにふぅと息を吐く。 「和民、めぇさめたか?」 「ん……今さっき」 ベッドに遠慮なく座って、声ガラガラだな。そう言ってなんだか嬉しそうに和民を見つめ、大きな手で頭や顔に触れる。 慣れない行為だからか少しばかり乱暴で、だけど温かい手のひらは心地よく肌に当たった。 「水は?」 「欲しい」 「起き上がれるか?」 「んー……」 「ハハッ、起き上がる気ないな」 顔を撫でられながらそんな会話をして、今までこんなに落ち着いて話をした記憶はないと、だんだん重たくなる目蓋と戦いながら思い返す。 どうしても見つけたい彼となんとしても見つかりたくなかった自分。 会話はいつも焦っていて、もしくは連れてきた子と二人で遊んで終わる。そして何より、ばれない為にしていた言動でまともな会話などできる筈もない。 しかし頑張り空しく、ばれてしまった。 いや、自らばらしてしまった。 本当にこれで良かったんだろうか…… くるくるとそんなことを思っては消してを繰り返す。 「なんだ?急に静かんなって」 「すすぐ、く……」 言い始めたところで目頭が熱くなってしまう。 冷静になるにつれ、これで良かったのかまた考えてしまった。 体を丸め、見られないようにと顔を両手で覆う。いい歳してぐじぐじぐじ……と女々しく思えて更に鼻の奥はツンと滲みる。 行為の最中「お前でよかった」「会いたかった」と何度もなんども言われた。 だけどそれと同じくらい本当に自分でいいのかと、これまでのことを思い出し否定的になってしまう。 ねぇ、君は本当にこれで…… 「わぁたみ」 「っ」 耳元で名前を呼ばれる。 それだけで頭の中はジンと痺れた。 「お前、くっそ泣き虫野郎だったんだな。今まではちゃらんぽらんで、頭イカれてるただの変人だと思っていた」 「……」 「けど、それも今は楽しかったと思うのはどうしてだろうな。ん?」 聞かれても、言える答えを持ち合わせていない。 暫く静寂が続き、彼がまた口を開いた。 なにを言うのか少しばかり緊張する。 「和民、お前をーー」 「だめですっ!……ぼ、ぼくは……あ、あなたを……貴方のことを、ずっと……ぼくは、ずっと……」 騙していた。 必死な貴方から逃げるために、たくさんの嘘を付いて、悲しませて、最後もまた、消えるつもりでいた。 好かれる理由も、許される理由も見当たらない。 「ハッ、俺も心底愛されてんな」 「な、にを……」 「だってよぉ、嘘を付いたのも見つからないようにしてたのも、俺をガッカリさせないためだろう?」 「ですからっ!」 「全部俺のためじゃん」 「へ……?」 「お前の行動は、全部俺を思ってのことだろ?愛されてる以外の言葉、もうみつかんねぇよ」 満ち足りた表情と見たことない、夕焼けほどの眩しい笑顔を向けられ、胸がぎゅううと締め付けられた。 どうしてかまた彼の顔を見られなくなって、再度自分の顔を隠す。 けれども、目敏い相手にそれは通用しなくて、ハハッ!耳も首も真っ赤だな!と直ぐに言われてしまう。 あぁ、これが愛されると言うことなんだろうか。 恥ずかしくもありながら、指の先まで痺れるような熱が広がった。 「でも、消えようとしてたのは、怒ってるからな」 その言葉にサーッと背筋が冷たくなる。 布団を少し下げ相手を見上げると、お日様から般若にかわっていた。

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