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第279話
逃げたいなんて一生思わないようにしてやる。
そう言った彼、桜渚はベリッと布団を剥ぎ取り和民の足の上に跨がった。
「な、に……」
ドキドキと先ほどまでとは違うイヤな緊張。
冷や汗がじわりと滲むのを感じていた。
この、赤毛のライオンに喰われる。
そんな恐さだ。
和民の呼吸が知らずしらず早くなる中、桜渚は少しずつ体を丸め、心臓に顔を近づけていく。
「すすぐ、く……なに、を……」
このまま骨まで砕いて咬み千切られてしまうのでは?恐怖に支配されるほど、無口な彼に怯えていた。
次には何をされるのか。
動けないまま、目で追うしかない。
その内にガッと大きく口が開き、止めて痛いのはヤダッ!!!心の中で叫び目を瞑る。
ーーーチュッ
肩が痺れるほど体を強ばらせていると、チリとした小さな痛みと可愛い音がしたのだ。
和民は恐るおそる右目だけ開き、今度は左目だけ開きもう一度右……と、器用に片方ずつ目を開けて現状の確認をしていた。
「ち、は……でてな、い……?」
それだけは一先ず確認出来た。
言ってしまえば、これが分かればもう十分で、何をされたかと言うところまで考える余裕はもうない。
「何をそんなに怯えてんだ?」
「え。いやだって、無言で顔を近づけてくるから!心臓ごと咬み千切られるかと……」
「は?」
ネジ外れてるの、キャラじゃなかったのか?
先の言葉に本気で心配をされていたと感じる和民。
だけど仕方ないだろう。とも思っていた。
一生離れたくない=恐怖を植え付ける
この方程式の中を生きてきたんだ。もう治らないよ。
和民はそう自己簡潔していた。
その言葉に呆れながらもよく見ろ。少しばかりぶっきらぼうに告げる。
「?」
「和民、お前の全ては俺の物だ。今から証明していくから、もう逃げようなんて思うんじゃねぇぞ」
よく見ろ。
その言葉に顔を上げて体を見ると、左の胸近くに赤い鬱血が出来ていた。近づいた顔とチリとした痛み、そしてこの鬱血はキスマークだ。
証明と言うのは、どうやら所有印を残していくと言うことだったらしい。
「っ!」
安堵したのもつかの間、カァァッと強い酒でも飲んだ時のような熱さが全身に一気に広がる。
それと共に恥ずかしさも込み上げてきて、でも嬉しさもある訳で……要するに彼は混乱していた。
「しょ、うめいって」
「つむじから足の先まで、全部に口付ける」
「ヒェッ」
獣の目をした相手に見つめられ、いっそのこと食べられてしまった方が良かったと、今から行われる逃げ場のないそれに怯えるしかない。そう悟った。
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