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第287話
この一瞬で離れていく金縛りの異変に気付き、羽葉は目の前に手を伸ばす。
「枦椋先輩、待ってください!」
思い出したのだ。自分が眠りこける前に何をして、誰が近くにいたのかを。
そして微睡みの中、その人が「れおんも置いて行くの」と消えそうなほど小さな声で呟いていたことを。
置いて行かないよ。
その返事は出来ないくらいに眠りの中にいたが、寝返りをうった気はする。でもそれ以上は覚えていない。
けれど、すぐ近くに相手がいたということは、悪い反応ではなかったということも確か。それを自分で無にしてしまったのだけど。
覚醒した体は思った以上に素早く反応した。
目の前の彼の腕をしっかりと掴めたくらいには。
だからと言って、なにか解決できたわけではないのだが。
「俺、ちがうっ!ごめんなさい!ちがうんですっ!!おれっ、おれっ!ごめんなさいっ」
「ごめ、さっ……、……も…、………」
枦椋も混乱しているようで、後ずさりながら「ごめんなさい」を続けた。2人とも顔面蒼白になりごめんなさいを繰り返すだけで解決の糸口は見つけられない。
羽葉も追いかけるが彼の耳に謝罪の言葉は入っていない。でもこの腕だけは絶対に離してなるものかと必死に掴んでいた。
ここで離したら、おしまいだと。
「枦椋先輩。先輩、ごめんなさい。もう喋らないなんて、言わないで。ごめんなさい。ごめんなさい」
「……っ、……っ………」
遂にはなにも言わず、ただ顔を横に振るだけになってしまった。
「ごめんなさい。おれ、おれ……」
下を向いている彼は見えていないが、羽葉は混乱しすぎて今にも泣いてしまいそうな表情をしている。
その頭の片隅では、王道BのLで元気っ子と無口なワンコの組み合わせほどその内側に大きなトラウマを抱えているもの。
その地雷を1つ踏んで挽回など、多くの個性をまとめていた総長経験アリの王道主人公以外、ほぼ100%無理であると考えていた。
腐男子なだけの自分は、ただ謝ることしかない。
「うぅ……どうすれば……あっ」
こんな時、BのL本なら救世主登場で場が和むんだ。
それで上手いこと仲直りして次の場面に行ける。だけとこれは本の中ではないし、ゲームのようなコマンドもでで来ない。
自分でなんとかするしかない。
“助けて”は、いつも自分で解決しないといけない。
「もういいよ。もう、大丈夫ですよ」
かくれんぼしてる時みたいな、自分のこともあなたのことも許すから許して欲しい。
一欠片の願いをこめて言う。
「もういいよ。だから、話さないなんて言わないでください。お願いします」
掴んでいた場所を腕から手のひらに移して、両手できゅっと握る。胸に引き寄せ、祈るように頭を下げる。
もう、あんな酷いことは言わないから、喋らないなんて悲しいこと言わないで。
自分のことを棚に上げる気はない。言ったことは事実だし、取り消すことはできない。
でも、精いっぱい謝り願うことはできる。
そしてあとは、あなたに許してもらえるように本当の意味で祈るだけ。
もしもの時は、しょうがない。怒られるの承知で謝って、自分がここを去るだけだ。
最悪までシナリオは考えられた。できるのは、待つだけ。
しでかしたと感じる羽葉は、そこまでの覚悟を決めた。
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