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第290話
「い゛っ、うぅぅ……」
消毒液の臭いと膝に当たったときの冷たさと痛みに勝手に声が出るのも仕方ない。
両方の布を捲られた時に聞こえたうわっ、という潤冬さんの声だけでびびり散らかして体にまわってる腕にしがみついたのも最早仕方ない。
「仕方ないけど、いだいぃ……うぅぅ……」
「あ、う、れぉ……いたい、れ、ぉ……」
枦椋先輩が、困っているのが分かる。
頭をよしよしされてる気がするけど痛いし傷みるのも怖いし確かめられない。
「うぅぅ、もうやだぁ……」
「おら、終わりだ。終わった」
「本当に……?」
「ああ、終わった。だから手、離してやれ」
恐るおそる目を開けて見ると2つ目のスラックスの布を降ろし終えるところだった。傷も絆創膏も見ないですんだことにちょっとだけ安心した。
「よく我慢したな」
「えっ」
ふと、頭を撫でられた。
そっちを見るとなぜか安心したような顔をした潤冬さんが見下ろしていて、でも、頭に置かれた手と共にすぐに離れて行ってしまう。
後ろを向かれたけど、咄嗟に手が出ていたし、気づいたら制服の裾を掴んでいた。
なんで?
「あ……」
「なんだ?」
「いや、なんでしょうね」
自分でもよく分からなくて、聞き返してしまう。
すると、後ろから声が聞こえた。
「れぉ、ぎゅ、した、ぃ…よ……?」
「なんだ?俺ともしたいのか?」
「え?!」
どうしてか俺が潤冬さんを抱き締めたいみたいな流れになってる!?と言うかそんなこといったらバカにされるか鼻で笑われるかでしょ!?
枦椋先輩の謎解釈に焦っていると薬箱をテーブルに置いて潤冬さんは隣に座りだした。
なに??
「ほら、来いよ。消毒、我慢したご褒美」
「え……」
戸惑っていると、ほら。もう一度呼ばれて、広げられた腕に恐るおそる近づく。決心がつかず潤冬さんの正面で固まっていると手が延びて両膝をソファに着く形で彼の上に股がる。
「いっっっだい!!」
「くっ、はははっ!ぐずぐずしてるからこうなるんだよ。おら、膝上にして……」
あーだこーだされ、最終的に横向きで落ち着いた。
枦椋先輩とも違う腕の中は、でも温かくて優しい居心地な気がする。
「ふはっ、お前、あれで泣いてんのか?」
「泣いてませんっ!」
「あーあー、わかったわかった。ん?ティッシュ、ありがとうな」
泣いてないって言ってる俺をよそに枦椋先輩からティッシュ箱を受け取り目元を拭われる。
さっきは痛くてあまり感じなかったけど、たぶん、手付きはずっと優しい。
自分よりは大きい手、それでも繊細に目元に触れられる。
「痛いの、我慢したので、ご褒美はちゃんと、もらいます……」
「ん?あぁ、お好きなだけどうぞ?」
少しだけ笑われた気がしたけど、バカにした感じはしなかった。どう表現するのが近いかはわからないけど、柔らかい言い方。微笑む、みたいな。
首に腕をまわして、ギュッと抱き締める。すると、頭の後ろに大きい手が乗せられそのまま撫でられた。
「甘えのん下手だよな、お前」
「下手じゃ、ないです」
「あー、じゃあ。俺限定で、下手だな」
「下手じゃ、ないです」
「ははっ、声ちっさ。じゃあ、他には?なにして欲しい?」
下手じゃないなら、もっと甘えてみろよ。
耳元で囁かれてぐぬぬと頭をひねる。特に思い付かないし甘えるってなんだ?ご褒美なら甘いもの食べたいんだが?そもそもどうしてこんなことになってるんだ?そこからもうわからないし今の状況をなぜか楽しんでるみたいな潤冬さんも分からない。
がばっと顔を上げで彼を見つめる。
「どうした?さっきあいつと出来なかったキスでもして欲しいのか?」
「キッ!?そんなわけ、」
ない。言いきる前にされていた。
柔らかい唇はしっとり重ねられ時間をかけて離れていく。たったそれだけで頭の中は真っ白になり、何も考えられなくなった。
「急に大人しくなったな。もう一回、するか?」
「……する………」
気づいたら先にそう言っていた。
ふっ、と笑うように濃い藍色の目は細められ、嫌みでも言われるかと思えば二回目のそれが降りてきた。
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