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第291話
温かくもそこまで柔らかくもない、少し乾いた唇は静かに触れるだけ。
ギュッとしているから近くなった胸の辺りにとくんとくんと心臓の音は伝わってくる。でも、じわじわ早くなる自分の心臓の音は、どうにかしてでも抑えなくてはならない。
きっと、笑われてしまうだろうから……
触れるだけだったキスはどちらかが引いた途端にあっけなく終わってしまう。
どうしてかもう少しだけ続いて欲しいと思ってしまった。
離れてしまったのに唇に心臓があるみたいねじんじんと脈うつ感覚がある。はぁ、熱を吐いてうっすら目を開けると、肩を押されて後ろに倒れる倒される。背中は温かく柔らかいものに触れた。
どうして……?
「ここ、開けられるな?」
親指で下唇をなぞられただけでの腰の辺りがそわっと震え、体は痺れる。聞いたことのない優しい声にくらりと視界がゆれた。
「ぁ……っぁ、ん、むぅ……」
少しくすぐったくて、でも指は温かく、口を開くと舌を巻き込んで奥までキスをされる。するとどうしてか抵抗出来なくなってしまう。体から力は抜けて指先はじんと熱い。
もっとして欲しいなんて、どうして浮かんでくるんだろう?
さっきからのそれにハテナマークが勝手についてくる。流されているのにそこには自分の意思があるみたいだ。
「んぁ…はっ……」
「ほんと、キス好きだよな。玲音」
名前を呼ばれるのも好き。声に出ているかわからないけど、ふと浮かんできた。
潤冬さんが言うと全てがいい気がする。あんなに満点野郎と呼ばれ馬鹿にされていたのに。
最近はそれもほぼなくなって、なんだか自分が彼と対等なのではないかと勘違いしてしまいそうだ。
そこまで行き着いてハッとした。
俺、今どの状況にいるんだ!?
「わっ!っと!」
潤冬さんの慌てた声がしたが、急に俺が起き上がったからだろう。後ろにいた枦椋先輩もビクッと体が揺れていた。
「なんだ?ご褒美はもういいのか?」
「はい!!もう充分です!!あとはパフェが食べたいです!!」
全力の俺を前に何故か固まる潤冬さん。
なんだか不服そうな顔だが、元々の表情であると無理やり納得してやった!
「玲音がいいなら、まあ俺はなんでもいいが。お前はそろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
「……ない……ぁ、む……まだ…」
歯切れの悪い枦椋先輩。
まだ帰りたくないのか他に帰れない理由があるのか。俺はそれがわからないけど、この前の鶴来先輩のあれはきっと枦椋先輩とも関係があるのは腐男子の勘でわかるから今は帰ることを勧めたい。
俺に言う権利があるわけではないけど……
「鶴来先輩にお土産持って行くのはどうです?それが来るまでここにいましょう?ね、潤冬さん」
「れ、ぉ……」
俺の提案に潤冬さんは眉をひそめた。あまり乗り気ではないらしい。でも、その提案すらしなかったら枦椋先輩はずっとここにいるままだ。そっちの方が良くないと思うのは俺だけですか?
考えた結果、わかった。一言だけ返事がきて、よっしゃ!と心の中でガッツポーズをした俺。
そのあと、お土産は何がいいかとあれこれ言い合って学食のサンドイッチに決まった。
部屋まで持って来てもらって、枦椋先輩は少しだけ嬉しそうに持ち帰りの箱を手にして潤冬さんの部屋を出ていった。
玄関で彼を見送ったあとの俺はと言うと、、
「やっはりはひふらせんは€£^$>¥7@」
「食いながら喋んな!腹減ってたのはやっぱりお前じゃないか!!」
「んひっ!!バレました!?」
サンドイッチと一緒にカレーを注文して、カッカッと口にスプーンを運んでいた。
もちろんカツサンドも左手に持ちながら。
「はぁ……食い意地は一丁前なんだよなぁこいつ……」
***
腐っていようが男子高校生は腹が減る。
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