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第178話
「暁胡さん」
不良王道学園、大規模な男子校。
その中で大天使様の如く優しい笑みで生徒に振る舞うのだが、それは彼の本来の姿ではない。気の置けない仲間と大好きな総長のいるグループのたまり場にいる時こそが彼の本来の姿だ。そんな居心地のいい場所だったのだがある日総長がいなくなってしまい自動的に解散。
落ち込みながらも過ごしていた彼らの前に現れた転校生。
迎えに行った彼は一目で笑顔を指摘され、それが昔総長に言われたことと重なり懐かしく、そして何より自分を理解してくれているのだと嬉しくて気に入ってしまう生徒会副会長……みたいな。
「無理して笑わないで下さい」
「え」
「楽しい時に笑うのが一番ですから」
「あ……」
暁胡さんが思いがけず悲しげな表情になって、俺は失礼なことを言ってしまったと瞬時に理解した。
今度は慌てて弁解に徹する。だってこの言葉って今の暁胡さんを否定している事と変わらない。例え無理して笑っていたとしても自分の意志でだろうし、それを直せって他人が言うのはおかしいことだ。それに何事でもやるには大なり小なりの理由が必ずあるはず。
なのにどうして俺は!誰も傷つけず邪魔をせず見守る壁の腐男子に反してる。
だから急いで修正しないとっ!おっと、訂正しないとっ!
「ごめんなさい違うんです!急に変なこと言ってすみません!!言いたいのはそうじゃないんです!俺は楽しい時に笑う暁胡さんを素敵だと思ってて!でも毎日楽しいなんて現実的に難しくて、だから無理しているんじゃないかと……でも、えっと、その…悲しい時こそ無理して笑えば楽しいに変わるっていうのも俺は分かるから…だから…あ!たまには笑わなくても良いんですよ!泣いても怒っても、どんな時でも一番素敵な暁胡さんです!それを見て幻滅する人がいるなら、もしいたのなら、その人は本当に暁胡さんを好きだったわけではなく、理想を押し付けていただけですから!気にしなくていいんですよ!!」
真の信者はどんな現実だって受け止めるんだ。というか、こんな一面もあるのかってより一層好きになるのが真の信者だと俺は思ってる。
理想を見ていたいなら一定の距離を保って自分で気を付けないといけないんだ。それも分からないで何でもかんでも手を出して想像と違ったって言うのはお門違いなんだ。
まぁ、俺は何でもかんでも知りたいから続編を期待するし裏エピソードとかスピンオフとか映画のネタバレを調べるんだけどね。ん?ちょっと違うか……?
「――っ、……」
「きょうさ…暁胡さん!?」
どうしようどうしてこんなことに!俺また変なこと言ったんだ!
必死の弁解の直後に顔を胸元から上げたら顔と眼鏡にぽたぽたと雫が降ってきて、暁胡さんが静かにしずかに泣いていた。
あぁもうなんであんなこと言ったんだ俺のバカ!少しは躊躇えよなホント!!
こんな優しい人に自分の意見を押し付けるなんて本当にバカ野郎が過ぎるんだよ考えなしだ、も―!!
「………り、…とう…」
「え」
「間違って、いなかった…」
「え…」
どうしてか朝の優しい雨みたいに震える柔らかい声が今も降り続く雫の隙間から確かに聞こえた。
そして薄い霧が消えるような透き通る声でありがとうと笑った。
ねぇ、暁胡さん。間違ってないって、なんですか?
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