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第3話

歳を重ねると何もなかったふり、が上手くなる。 後ろめたい気持ちがあったとしても、初めから無かったことにすれば何もかもうまくいくと経験上知っている。 たまたま酔っ払ったアキくんを介抱して。 たまたま、仕事帰りの無防備な笑顔を見ただけだ。 (それに男に恋をしたところで…さ?) 3つしか変わらないと言えども、若くてかっこいいアキくんだもの。 その気になれば引く手数多に違いない。 そもそも僕みたいなおじさんに好かれるなんて可哀想だ。 僕は彼へ向けているこの気持ちが、恋だなんて認めたくない。 それでも久し振りに感じるこの高揚感は心地良く、変わりない毎日が輝いて見える。 帰宅すれば少し期待をしながらベランダへ出てしまうし、それで会うことが出来れば最高な一日の締めくくりだと気持ちよく眠りにつくことが出来る。 いつだってニコニコ笑いながら僕の名前を呼ぶ彼のことをほぼ何も知らないのに、ベランダ越しでほんの数分会話を交わすだけで日に日に彼のことをよく知っているような気持ちになる。 じっと僕を見つめて相槌を打つところだとか。 屈託のない笑い方とか。きっと仕事上の癖みたいなものだろう。僕はそういうことがわからない歳でもないし無知でもないんだ。 それなのに。 (少しだけ、なら) 密かに彼を想っても罰は当たらないんじゃないかと。 過去の失敗を棚に上げてそんなことを思っている。 「こんばんは、ケンジさん」 「アキくん、こんばんは」 僕は今夜もビール片手にベランダ越しで彼と何でもない話をして、ささやかな幸せを感じて、今日もいい1日だったなあと。 彼との何でもない会話を反芻して眠りにつくのだ。

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