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第5話

『あのね、今日仕事が立て込んでるからキャンセルするね』 「そっか、ざんねーん」 『穴埋めしたいからまた指名するね』 「いつもありがとう、仕事頑張って」 『アキくんの声聞けたから頑張れる!』 「うん、また連絡待ってる」 なぁんだ、キャンセルかあ。 今夜は羽振りの良い独身キャリアウーマンの常連客で、俺にとってとても大切なお客様だった。 当日にキャンセルをされると客は店にキャンセル料を支払う事になるけれど、俺には一銭も入ってこない。 (暇になっちゃったじゃん) 当日指名が入る時もあるが枕もしない俺にはこの時間じゃ望みが薄い。 折角ケンジさんといい感じになれそうだったのになあ。会話は中断されて今日の予定はキャンセル、イイ事がひとつもない。残念。 (ケンジさん、もう家の中に入っただろうなあ) カーテンを閉めて壁の向こうの彼に想いを馳せる。 昔から男前だったに違いないその人は釣り上がった猫目で怖そうに見えるも、笑うと目を細めて顔をクシャっとさせるギャップが相まって、とんでもなく可愛い。少し俺より低めの身長で華奢な手足、とても四十を超えているとは思えない。 (俺のこと、若く見えるっていうけれど。断然ケンジさんの方が年齢不詳) 引越しをしてきたその日から、お隣さんに一目惚れの絶賛片思い中の俺は初めからジリジリと距離を縮めようと努力をしている、つもり。 (鈍いんだからなあ、全くもう) そう思いながらもこの恋を実らせようとは考えてはいない。 少しだけ話をして、少しだけケンジさんのことを知って、ベランダ越しだけでなく飲みに行けるような友達になれたら最高に楽しいだろうなあと思っている、だけ。 でも最近。 何だか意識されている気がする。 ついつい期待しちゃうよね。 (今夜、誘ってみようか) 勢いだけで彼の家の前に立つ。 じっとインターフォンを睨んで突っ立っている俺は完全に不審者だ。 飲みに行きませんか。 そう言うだけ。 仕事がキャンセルになったので暇なんです。 近くに新しく出来たバーがあるの、知ってます? 実は前から行ってみたいと思っていて、 そんな会話のシュミレーションを心の中で反復する。 (あれ、これヤバイ。俺めっちゃ緊張してる、かもしれない)

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