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第6話
これまでに無いかもしれないくらい緊張していた筈だった。
「あ、アキくんじゃーん!」
扉が開くなりものすっごく軽い口調のケンジさんに迎えられて。
「あの」
「ほらほら入って入って」
意を決してお誘いしに来たというのに。
「え?え??」
グイグイ腕を引っ張られて、適当に履いてきたスリッパも玄関に脱ぎ捨てたまま。
「一緒に飲も飲も」
「ええ??」
気がつけば、座り心地の良い革張りのソファーに座って手には冷えた缶ビール、彼はゆるゆるの笑顔のまま、「かんぱーい!」と上機嫌に言う。俺もつられてそれをぐいと呷った。
「アキくんはイケルクチ?」
「それなりです、が」
「いいね」
目を伏せなからふふ、と小さく笑う彼に釘付けになる。
(酔ってる……?)
俺の隣にいるケンジさんはベランダ越しのケンジさんよりふわふわしていて目元も赤く隙だらけだ。
「あれ?アキくんなんでうちに来たの?」
「…」
結果オーライなので、もういいです。
腕を掴まれて下から顔を覗かれる。猫目がキラリと光って瞳孔が縮まるのが見えた。
それ以上くっつかれると色々ヤバイ。
「ケンジさん、酔ってるね」
「んー……ちょっと飲み過ぎたかも」
そう言って首を傾げ缶の飲み口に唇を当てる。
「ケンジさんは酔ったら記憶失くすタイプ?」
「最近はね、ほんっとマルっと失くすよね。でもちゃんと家まで一人で帰って風呂入って着替えてベッドで寝てんの。すごくねえ?」
「それは……すごい、……ね」
自分と同じ男を見てドキドキする日がくるなんて思いもしなかった。
笑うと目元に皺が寄るんだなあ。部屋着から伸びる手足は細いけど筋が通って綺麗だなあとか。シャンプーの香りが仄かに香って爽やかだなあ、とか。
そんなことばかりが頭を巡って、誤魔化すように酒が進む。
「アキくんはなんで出張ホストやってるの?」
白ワインを注いだグラスを手渡された。ケンジさんは深爪。成程。
「元々ホストしててこれでもNo.1争いの上位だったんだよ俺。でもね、すぐに肝臓を悪くしたから」
無理なアルコール摂取が体調の悪化を一気に加速させていた。
「酒飲んだらダメじゃん」
まだ口を付けていないグラスを、さっと取り上げられる。
「これ位なら大丈夫だよ」
でもこれ以上は止めておこうかと、大人しく彼が喉仏を上下させながら飲み下す姿をじっと見つめた。
「この間もウチの玄関前で寝てた」
「それは飲み過ぎてた、ご迷惑お掛けしました」
酒には強かったけど、量を減らすと弱くなるのは本当らしい。あの日もそこまで飲んだつもりは無かった。
「重かったんだからな」
「ごめんね」
拗ねたように口を尖らすアンタ、何歳なんだよ。
下心が無いと言えば嘘になる。
でもケンジさんだって悪いんだからな。
隙がありまくるのが悪い。
「俺ね、寂しがり屋なんだよ。ケンジさん」
「ふーん…」
もう中身の無いグラスを覗いて円を描くように廻す彼が、チラリと横目で俺を見た。
おかしいかな、かなりおかしいよな。
俺、アンタがすっげぇ可愛く見えんの。
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