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二人だけの世界

景色なんて目に入らなかった。 真っ赤な顔で俯くしかできなくて、でも何もしないのがもったいなくて。 「…に、じゅっぷん、長い、な」 「足りないくらいだ」 さっきまでの可愛いかったこいつはどこ行った?また余裕たっぷりに返してきやがった。 回された腕に手をかけてみる。ぴくりと揺れる体が背中越しにわかった。 「…べ、つに…イヤとかじゃ、ない」 「うん」 「なんつーか、こういうの…あんま、無いから、さ」 ドキドキして、恥ずかしくて、なんかもうどうしていいのか分からない。 かああっと頬が熱くなっていくのだけは自覚してるけど。 「ダイスケ、こっち向いて?」 「やっ、やだ!今ムリ!」 「それはイエスの意味と取るぞ」 一瞬体が宙に浮いて、90度横に向けられた。ほんとに一瞬で、気付いたら横にこいつの顔があって。 直視出来なくてそっぽ向いたら、顎を掴まれて無理やりそっちを向かせられてしまった。 「真っ赤」 「こっ、これはっ!夕陽、ほら、夕陽が当たってるから!」 「へえ、なるほど」 くすくすと笑いながら、唇を親指で撫でられる。ぞくりとする何かが湧き上がってきて、ジャスティンの服をぎゅっと掴んだ。 吸い込まれそうな瞳に見つめられて、体が動かない。 「キス、していい?」 「………………」 「沈黙はイエスだろう?」 もう一度唇を撫でられてそっと目を閉じる。それが合図かのように、撫でていた指が離れるとすぐに柔らかいものが重なった。 ただ触れるだけのその行為なのに、なんだかとても神聖な儀式か何かのようで。 重ね合わせたそこから、お互いの気持ちが行き来する気がした。 パシャリ 吐息だけが響くこの小さな世界に聞こえた無機質な音と、夕陽とは明らかに違う光。 「………………え?」 一瞬で我に返り、音のした方を見る。向かいのシートの背もたれの上あたりに、黒い小型の機械が取り付けてあった。 【頂上で自動的に撮影します】の文字に愕然とする。 「な、んだよこれ…お前、まさか知ってたのか?」 「…………」 「沈黙はイエスなんだよな」 目が泳いでる。こいつ…っ! いくら俺がずっと俯いてて知らなかったからって、こんな、こんな恥ずい写真撮るとかありえねえから! 「お前なんか大っ嫌いだーーっ!」 再び閉じ込められた心地良い腕の中で、残りの半分を過ごした。

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