216 / 507
二人だけの世界
景色なんて目に入らなかった。
真っ赤な顔で俯くしかできなくて、でも何もしないのがもったいなくて。
「…に、じゅっぷん、長い、な」
「足りないくらいだ」
さっきまでの可愛いかったこいつはどこ行った?また余裕たっぷりに返してきやがった。
回された腕に手をかけてみる。ぴくりと揺れる体が背中越しにわかった。
「…べ、つに…イヤとかじゃ、ない」
「うん」
「なんつーか、こういうの…あんま、無いから、さ」
ドキドキして、恥ずかしくて、なんかもうどうしていいのか分からない。
かああっと頬が熱くなっていくのだけは自覚してるけど。
「ダイスケ、こっち向いて?」
「やっ、やだ!今ムリ!」
「それはイエスの意味と取るぞ」
一瞬体が宙に浮いて、90度横に向けられた。ほんとに一瞬で、気付いたら横にこいつの顔があって。
直視出来なくてそっぽ向いたら、顎を掴まれて無理やりそっちを向かせられてしまった。
「真っ赤」
「こっ、これはっ!夕陽、ほら、夕陽が当たってるから!」
「へえ、なるほど」
くすくすと笑いながら、唇を親指で撫でられる。ぞくりとする何かが湧き上がってきて、ジャスティンの服をぎゅっと掴んだ。
吸い込まれそうな瞳に見つめられて、体が動かない。
「キス、していい?」
「………………」
「沈黙はイエスだろう?」
もう一度唇を撫でられてそっと目を閉じる。それが合図かのように、撫でていた指が離れるとすぐに柔らかいものが重なった。
ただ触れるだけのその行為なのに、なんだかとても神聖な儀式か何かのようで。
重ね合わせたそこから、お互いの気持ちが行き来する気がした。
パシャリ
吐息だけが響くこの小さな世界に聞こえた無機質な音と、夕陽とは明らかに違う光。
「………………え?」
一瞬で我に返り、音のした方を見る。向かいのシートの背もたれの上あたりに、黒い小型の機械が取り付けてあった。
【頂上で自動的に撮影します】の文字に愕然とする。
「な、んだよこれ…お前、まさか知ってたのか?」
「…………」
「沈黙はイエスなんだよな」
目が泳いでる。こいつ…っ!
いくら俺がずっと俯いてて知らなかったからって、こんな、こんな恥ずい写真撮るとかありえねえから!
「お前なんか大っ嫌いだーーっ!」
再び閉じ込められた心地良い腕の中で、残りの半分を過ごした。
ともだちにシェアしよう!

