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名前を呼べば猛ダッシュで駆けつけて

ボールを両手で持つ。視線を上げる。バネを作る。肘を伸ばす。 描かれたオレンジ色の放物線を目で追う。 その視界に、俺は入っていない。 てんてんと転がるボールを追いかけて走る。 リストバンドで汗を拭う仕草が、なんだか様になるなあなんて思いながら、この一瞬でさえ俺のものにしたいとか思ってしまう自分に笑える。 なんだよそれ、どんだけ俺こいつの事… ああもう、なんか調子狂う。 こいつに振り回されるなんてムカつく。 「…ジャスティン」 ボールを追いかけた先には荷物があった。ひと汗かいたし、そろそろ帰ろうかな。 こいこいと手招きすれば、嬉しそうにこちらへ向かって歩き出す。くっそ、無駄に笑うな、心臓に悪い。 「3秒で来い。いーーち……」 「えっ、なん…??」 一瞬にしてわけがわからないという顔になるも、足はすぐに駆け出していた。さすがの瞬発力だよな。 「にー、さん」 「はやっ!ダイスケっ??」 むかつく。足速いこいつ。だからカウント早めてやった。ざまーみろ。 ハアハアと肩で息をする。上下に揺れる金糸をそっと撫でて、シャツの襟首をぐいっとひっぱり前かがみにさせると、碧い瞳いっぱいに映る自分の顔。 「ダイスケ……っ?」 「………3秒以内に俺んとこ来なかった罰」 掠めるように一瞬だけ触れた唇が、ジンジンと熱い。 ぽけーっとバカみたいに立ち尽くすジャスティンにくるりと背を向けて、自分の荷物を持ってさっさと歩き出した。 少し歩いても、まだ動く気配がない。仕方なくため息をついて振り返れば、真っ赤な顔で口を手のひらで覆っているアホ顔。 それがおかしくてつい吹出すと、大好きな名前を呼んでやった。 「ジャスティン!」 「…ッ!」 ここ、と自分の横を指差し、再び歩き出す。 すぐに猛ダッシュしてくる音が聞こえて、俺はまた笑ってしまった。 隣が、定位置になってるんだな…

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