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林先生のお願い
「お願いっ!指揮の子がケガしちゃったのよ〜…」
ぱんっと両手を合わせて頼み込まれる。どうしよう…
すると、見知った顔がこちらに近付いてきた。
「ごめんね、今回の曲ちょっと難しくて、お兄ちゃんしか頼める人いなくて…」
「え、長峰さん…えっ、ウソ、大丈夫⁉︎」
申し訳なさそうに話すのは、同じクラスの長峰さん。吹奏楽部なのは知ってたけど、指揮もするんだ。
でもびっくりしたのはその事じゃなくて、彼女の右手。肩から三角巾で右腕を吊ってて痛々しい。
「一昨日チャリでこけちゃって…今回の編成は三年生も全員入るし、次期部長に決まったから私が指揮する事になってたんだけど…」
「そっか…」
どうしよう…ちらりと継を見ると、同じタイミングでこっちを見てくれた。そんな些細な事なんだけど、ちょっと嬉しいな。
悩んでるのが一瞬で伝わったようで、代わりに答えてくれた。
「いきなり言われても無理だろ。返事後でいいよな?」
「ええ、もちろん。期間は文化祭までで構わないし、譜面も手を加えて大丈夫よ」
「…じゃあ、ちょっと考えさせてください」
継と二人で音楽室を出る。ああ、そういえば楽譜持ってもらったままだった。
「ありがと、持つよ」
「ん、いいって」
「…そうじゃなくて、」
じっと見上げるようにすれば、腕を引かれてさっきの階段を上る。
机に譜面を置いた継が、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「…悩んでんの?」
「うん…」
継の背中に腕を回して、肩にぐりぐりと擦り寄る。優しく頭を撫でてくれるから、大きく息を吸い込んだ。
耳元でそっと名前を囁かれて、ゆっくりと顔を上げる。
「オレはいい話だと思うけど」
「…うん、おれもそう思うけどね」
部活となったら、やっぱり練習しなきゃないし、文化祭は夏休み明けの九月末だから、あと一ヶ月ちょっとしかない。きっと毎日あるだろうな。
練習場所は、音楽室。
そうなったら、きっと。
「…継といられる時間、なくなっちゃう」
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