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楽譜の上で踊る音符

【創side】 「じゃあ、終わったら迎えに来るからな?」 「うん、ありがと。継も頑張ってね?」 音楽室の前でぎゅうぎゅうに抱きしめられると、色んな楽器の気持ち悪い音の中で継の声だけが耳元ではっきり聞こえる。 じゃあね、と鼻先にちゅっとキスをして、階段を降りていく継の背中が見えなくなるまで手を振った。やっぱりこうやって継を見送るのは、ちょっと寂しいな… 今日から吹奏楽部に顔を出す。林先生の頼みだからっていうのもあるけど、継がそう言うから。でもイヤじゃないし、むしろ音楽に囲まれるのは好き。でも、練習中のあのなんともいえない不協和音が好きじゃないから、高校では部活に入らなかった。 今回初めて練習に参加するために、しっかりと楽譜を読み込んできた。林先生にも自分の感性でタクトを振っていいって言われてるし、どうせやるなら良い音を創りたいよね。 でも、それを受け入れてくれるのかが心配… 不安と楽譜を胸に抱えながら、音楽室の扉を押した。 「こんにちは…」 重い扉を押すと、バラバラに鳴っていた音が一斉に止む。すぐに林先生がこちらに気付き駆け寄ってきた。 「創ちゃーんっ!」 「うわっ、あ、今日からよろしくお願いします…」 「ううん、ホントありがとねぇ!」 両手をぎゅっと握られてぶんぶん振られる。うん、ちょっと痛いかな… 脇に抱えていた楽譜を見せて、自分で手を加えた部分を一通り説明する。相槌を打ちながらそれを最後まで聞いてくれて、音楽室の正面にある譜面台のところまで背中を押されて行く。 「お待たせ。長峰さんに代わって文化祭で指揮してくれる、渡辺創くん。私のお墨付きなんだからね」 「えっと、渡辺です。よろしくお願いします」 ぺこりと頭を下げると、長峰さんが前に出て来た。 ありがとね、と笑ってくれたけど、腕のギプスが痛々しい。長峰さんのぶんも頑張らなきゃ。 「そんじゃ、まずはやってみよー!」 長峰さんがそう声をかけ、別の教室で練習していた人も合流したところで、一度通してみる事になった。 「えーと、まずは宝島ですが、小学生の男の子が冒険に出て、ジャングルを抜けたら見たこともない一面真っ青な空と海が見えた、っていうイメージです」 曲の盛り上がりを意識してもらうために、自分でイメージした場面を伝えた。なるほどー、なんて同意してくれる。手を加えた部分を譜面に書き込んでもらった。 受け入れてもらえるか心配だったけど、杞憂に終わったみたい。さすが林先生の教え子だよね。 「じゃあ一回通してみていいですか?お願いします」 ☆☆☆☆☆ 「えーと………ちょっと、走り過ぎ、かな?」 通した演奏を聴いたあと、一小節目から順に感じた修正点を伝えていく。みんな一生懸命書き込んでくれていて、特に三年生の先輩達は自分のパート以外も真剣に聞いてくれていた。 一通り伝えてもう一度最初から通してみれば、きっちりと修正してくるあたり、さすがだよね。さっきまでふわふわしていただけの音符達が、ノリノリでサンバを踊っていたんだから。 次の曲に移ろうかと譜面を捲ると、控え目なノックの後にゆっくりとドアが開いた。 「お邪魔しまー、す…って、あれ、もしかしなくても噂のお兄ちゃん⁉︎」 「え?あ、あの…?」 ドアを開けて入ってきたのは、知らない女子の三年生。でも一緒にいるのは、同じクラスの内藤さん。 あれ?内藤さんて確か…手芸部だったよね?そこでつい先日かのように思える球技大会の朝の風景がフラッシュバックした。 うん、囲まれました。

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