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ジェラシー爆発
アルトサックスの音がちょっとずれてる。音源はきっと、新井くん。指遣いが少しだけ遅い。
きりのいいところでタクトを止めて林先生の方に視線だけ向けると、それだけで何が言いたいのかわかってくれたみたいだった。
「さーて、じゃあ10分休憩しましょっか!」
ちょっと空気入れ替えるわねー、と窓を開けていく先生が、近くにいた新井くんの頭をパシッと叩く。
「近くにいるんだから手伝いなさい!」とどやされて、渋々立ち上がったのを見計らって、おれもその隣に並んだ。
「どうしたの?自主練し過ぎて指でも痛めた?」
「創先輩…」
開いた窓の外を眺めていた新井くんが、ゆっくりとこちらを振り返る。
なんだか思いつめたような、初めて見る表情だった。
窓の枠に掛けたままの手のひらが、ゆっくりとこちらに向かって伸びてくる。反射的にぎゅっと目を閉じると、熱い指先が首筋に一瞬だけ触れた。
「…髪の毛、ついてる」
「え?あ、ほんとだ。ありがと」
ふっと笑ったその顔が、なんだか寂しそうに見えたのは気のせいかな?
「…あ、継だ!」
新井くんと並んだ窓から下を覗き込むと、ちょうど外回りのランニングから戻って来た継の姿が見えた。
こっち向くかな?わかんないかな?けいー、なんて心の中で名前呼んでみる。足元を見ながら歩いていた継がふと立ち止まり、その顔を上げて音楽室の方を向いた。
嬉しくて手を振れば、ぶんぶんと振り返してくれる。その継の顔が歪んだ気がして手を振るのを止めると、がばっと後ろから新井くんが覆い被さってきた。
「ぅわっ、新井くん⁉︎危ないから!」
「…創先輩ってさ、すごくいい匂いだよね」
「ふぇっ⁉︎なに⁉︎」
後ろから首筋あたりをスンスンしてくる。や、ちょっと、何⁉︎
わけが分んなくて、でも背中に感じる体温が継じゃないのがイヤで、精一杯に身を捩りながら再び下を見ればそこにはもう継はいなかった。
さっきまでの嬉しい気持ちとは裏腹に、たった一瞬で寂しくなってしまった。継にぎゅっと抱きしめてほしい。
「…やだ、離してよ、新井くん……」
「じゃあ、自主練してきたから聴いてください」
「ん、わか「オレの創から離れろぉぉおおっっ!!!!」
突然バタンと音楽室のドアが開き、嵐のような勢いで入ってきたのは、他の誰でもない継だった。
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