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第6話「更新と疑惑と同棲」
付き合って3ヵ月ほどたったある日の朝、アパートのポストに「賃貸契約更新のお知らせ」の封書が届いていた。
高校を卒業してからひとり暮らしを初め、2年ごとに更新してきたこのアパート。
2年ごとの更新も、もう3度目に差し掛かっていた。
ひとり暮らしと言っても、この家ではすでに2人の男とほぼ同棲のような生活をしていたので「ひとり」の暮らしはそんなに経験がない。
今までの男は実家暮らしだったため、うちに入り浸ることが多かったが、ナオキはひとり暮らしなのでうちに入り浸ることことはほとんどなく、次の日が休みの時だけたまに泊まっていくというスタイルだ。
俺はまだ、ナオキの家に行ったことがない。
いつだったか、付き合い始めの頃にこんな質問をしたことがある。
「ナオキの家って築何年?」
「20年以上経ってると思うよ。なんで?」
「どんな部屋なのかなぁと思って」
遠回しに「家に行きたいな~」のアピールだ。
「どんな部屋かぁ.....。外観は古いマンションだけど、中は家具とかわりとこだわってるし、仕切りの扉とっぱらっちゃったからわりと広いと思うよ」
「そうなんだぁ」
「けど部屋めっちゃ散らかってるから、今度タケル呼べるように片付けとくな」
その時はそう言っていたが、あれから1度も「うち来る?」と言ってくれたことはなく、泊まりの約束になるといつも決まってうちに来たがっていた。
「俺が行こうか?」と言っても「まだ散らかってて呼べる状況じゃない」とはぐらかされる。
いつしか俺の中で疑惑が生まれ始めた。
『もしかして、別の誰かと住んでたりして』
そんなわけはないと思いたかったが、 泊まりの時は必ず遅めに来て、朝は7時台には帰っていく。
何かを隠そうとしているような、そんな気配を感じずにはいられなかった。
ナオキがうちに泊まりに来てくれるのは嬉しい。1夜でも一緒に過ごしたい、一緒に寝たいと言ってくれるのは愛されてる証拠だと思える。
でも、人は欲深いもので、何かを隠されてる気がしてくるとそれを暴きたいという衝動にかられるものだ。
うちに来てくれるのは全然いいのだが、ある晩ナオキとセックスしながらふとこんな想いが脳裏に浮かんだ。
『元彼たちと過ごしたこの家に、また違う男の思い出が加わっていく』
気にもしてなかったし、当たり前のことなのだが、この家は大好きだった元彼たちと過ごした多くの思い出が詰まっている。
しかもナオキと今愛し合ってるベッドは、2人目の彼ともセックスをしたベッドだ。
1人目と付き合っている時のベッドは、俺が中学生の頃から使っていたものを実家から持ち込んで使っていた。シングルでふたりはさすがに狭いという理由から、2人目と付き合うタイミングでセミダブルに買い換えた。
付き合うたびにベッドを変えるのは気分的にはいいかもしれないが、決して安い買い物ではない。
男を変えるたびにベッドを買い換えるなんて、そもそも考えすぎのような気もする。
だけど一瞬でもそんな想いがふと浮かんでしまったら、この家でナオキとの思い出を増やしていく事になんだか気が引けてきた。
元彼たちを引きずっているわけではないが、1度は大好きだった彼らとの思い出が、新しい彼との思い出に塗り潰されてしまう。
そんな気がして、よくわからない寂しさを最近感じ始めていたのだ。
俺は契約更新のお知らせを読みながら、心のどこかで「次の更新はしないでおこうかな」と考えていた。
ある日の仕事帰り、ナオキと外食をしながら、いつしか話はアパートの更新の話になった。
「で、どうすんの? また部屋借りるの?」
「んー、一旦実家帰ろうかな。実家からでも仕事通えない距離じゃないし」
「でも、そしたら今までみたいには会えなくなるよ?」
待て待てナオキくん、君は俺を家に入れる気がまるでないのか。
でもこの流れが逆に良かった。
「俺がナオキんち行くよ」
「.....あ、うん。まぁそうなんだけど」
「ナオキさぁ、全然家に呼んでくんない」
「早く呼べるように片付けないとな」
「ホントは呼べない理由があったりして」
「何それ」
酒の勢いもあるが、我ながら思いきった切り返しだった。若干気まずそうな表情を見せるナオキ。
「いや、ホントに汚いだけだから」
「俺が片付けるし」
「じゃあ、今月中!」
「今月中になに?」
「今月中に大掃除して呼べる環境つくる」
「ホントかよぉ」
「おぅ。がんばる」
この会話から一週間ほどが経った。
この日はお好み焼き屋でナオキと晩メシ。
話はやはりアパートの更新の話になった。
「タケル、やっぱりアパート引き払って実家帰るの?」
「そのつもり。ちょうど明日、実家に連絡しようと思ってた」
「そっか.....。なんか寂しいな」
「なんで? うちで会えないだけで、仕事はこっちまで通うわけだし、こうやって外でご飯食べたりする分には変わんないでしょ」
「そうなんだけどさ。なんか気分的に。.....というわけでさぁ」
「というわけでさぁ?」 と質問するより早く、ナオキはこう続けた。
「うちで一瞬に住む?」
思いもよらないひと言だった。
聞いた瞬間ポカンとした。
「え?」
「え、じゃなくて。俺んちに住まないかって誘ってんだけど」
「俺と?」
「当たり前だろ」
「なんで? だって1度も呼んでくれたことなかったのに」
「やっぱ気にしてたんだな(笑) ほんとにさ、めっちゃ散らかってて、マジひっちゃかめっちゃかだったんだよ。ダンスの衣装制作とかでみんなのたまり場みたいになってたり」
「そっか」
「あとさ、言ってなかったんだけど.....」
「なに?」
「実は犬飼ってんだ。2匹も。タケル、初めて会った時言ってたじゃん、犬アレルギーだって」
犬アレルギー。
このことをナオキに話したこと自体、すっかり忘れていた。
そうなのだ。俺は犬だけでなく、猫とかウサギとか、とにかく細い毛が体中に生えている動物のアレルギーを持っている。
アレルギーと言っても重度ではなく、同じ部屋に長時間いられないとか、触れると痒くなるとか、そんなレベルなので深刻まではいかないが、極力飼わないように、近づかないようにはしている。
「だからさ、もしタケル呼ぶ時は犬をどこか預けなきゃとか、業者呼んで部屋をクリーニングしなきゃとか考えてた」
「そうなんだぁ! そんなの言ってくれれば良かったのに。そこまで重症のアレルギーじゃないから多分大丈夫だよ」
飼ってる犬はミニチュアダックスが2匹。
名前は「チョコ」と「チップ」だそうだ。
犬の話を聞けば聞くほど、俺を部屋に呼んでくれなかった謎が、気持ちいいくらい解明された。
うちに泊まりに来る時、夜遅く来て早朝に帰っていくのも犬の散歩や餌やりのためだったそうだ。
「もしかして別の誰かと住んでいたりして」という俺の予想もあながち間違いではなかったが、ペットや俺のことまで考えてくれていたのに少しでも疑ってしまったことを恥じる気持ちでいっぱいだ。
「じゃあ、これ」
ナオキは合鍵をくれた。
渡したことはあるが、渡されたことは初めてで、なんだか照れくさかった。
「10日くらい時間ちょうだい。今寝室で使ってる部屋を犬たちの部屋にするよ。リビング広くとってあるから、仕切りつけてベッドルームにする。あと協力な空気清浄機買わなきゃ(笑)」
嬉しそうに部屋の改造を語るナオキの目はキラキラしていて、まるで夢を語る少年みたいだった。
人生3度目の同棲が始まろうとしていた。
つづく
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