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第7話「幸せな夕食から一転」
ナオキとの同棲がはじまった。
かなり大掛かりな模様替えとクリーニングで俺を迎えてくれた部屋は、想像より広く機能的で、なによりお洒落だった。
建物自体は昭和の時代からありそうな築年数を何十も重ねたマンション。
閉めると「ガン」と音が鳴る重たいドアを開けるとそこから先は今風だ。
瓶の口に焼き鳥の串がなん本も刺さってるような芳香剤(なんて名前なのアレ)からはオシャレな香りが漂ってくる。
玄関を上がると、短い廊下の左側にまずひと部屋。通常寝室かと思われがちだが、犬アレルギーの俺のために、この部屋は贅沢にも2匹のミニチュアダックス「チョコ」と「チップ」が占領しているそうだ。
「換気と空気清浄機で万全な状態だとは思うけど、症状出ると困るからこの部屋には入らなくていいから」
と念を押された俺にとっての開かずの間。
廊下右側には脱衣場と風呂場。
その隣奥にはトイレがある。
廊下を抜けて突き当りの扉を開けると、メインルーム。
キッチンとリビングがひと部屋になっており、隣接するもうひとつの部屋との仕切りが外され、より広い空間となったその場所にはソファやテレビ、ダイニングテーブルやベッドなど、センスのいい家具がうまいこと配置されている。
この部屋に住み始めて2週間。
これまでのような外食はめっきり減っていた。
俺たちは帰宅が早い方が夕飯を作るというスタイル。
といっても、たいてい俺の方が仕事の終わり時間が遅いため、8割型ナオキが夕飯当番のようになっていた。
この日は俺の好きなオムライス。
それに温野菜のサラダとミネストローネ。
ナオキの料理は俺の舌に合っていた。
盛りつけは割と大雑把だが、味は確かだ。
大好きな恋人と、ダイニングテーブルで向き合いながら食べる晩メシは心もお腹も満たされる。
この時間が1番幸せだった。
それなのに.......。
オムライスを食べながらナオキがこんな話題を出してきた。
「前の彼との時はメシどうしてたの?」
「俺がだいたい作ってたよ」
「へぇ。仕事帰ってきてから大変じゃなかった?」
「んー、慣れたかな。元カレ料理できない子だったから」
ユウスケという元カレとは2年ほど付き合って別れた。原因はひとつだけじゃないが、きっかけとなったのは向こうの浮気だ。
彼は料理が全くできなかった。
目玉焼きもまともに焼けず、だいたい半分スクランブルエッグみたいになる上に、しょっぱくて必ず卵の殻が入っていた。
「1回だけさ、豆腐ハンバーグ作ってくれたことがあって、パンパンのパサパサのボッロボロで、その出来を笑ったら2度と作らないって泣いちゃった事件があって......」
元カレの料理の失敗談を話始めようとした時だった。ナオキは口にスプーンを運ぶのをやめてため息をつきながらこう言った。
「あのさ、別に元カレとのエピソードはどうでもいいから」
一瞬言葉を失ったが、素直にごめんと言えず、
「ナオキが元カレの時のこと聞くからさぁ」
瞬時に出たこの言葉は反論のつもりはなく、実際にそうだと思ったからなのだが、どうもそれがよくなかった。
ナオキは音を立ててスプーンを皿に戻すとこう続けた。
「俺が聞きたかったのは元カレとの時はメシをどの頻度で作ってたかってことで、元カレがメシ作れない子かどうかは重要じゃないし、思い出話なんて別に聞きたくない」
確かに元カレの話なんて聞きたくないかとすぐに納得はした。
「流れでなんとなく思い出しちゃっただけだよ。元カレの話はもうしないから」
俺はそんなに元カレのこと気にしないけどなぁとやや腑に落ちないところもあったが、モメるのも違うなと思い、ここは素直に謝った。
「元カレとは完全に切れてる?」
元カレの話はしないと今宣言したばかりなのに、よっぽど気になっているようだ。
正直、未練もないが元カレとも元々カレとも友達.....いや、兄弟みたいな存在として繋がっているので完全に連絡先を消したりはしていない。
実際、月に1度くらいはなにかしら連絡があったりする。
このことを言うべきか迷っていると、変に間をあけたせいか、ナオキは俺の答えを待たずにこう言った。
「まだ繋がってるんだね」
ここは正直に言うしかないなと思った。
「うん、元カレとは兄弟みたいな感じだし、お互い親も知ってるし、近況報告程度に連絡はしてる」
今度はナオキが少し間を開けて、こう続けた。
「切って」
え、という表情を確かめてから「元カレたちとは切って」と静かに念を押した。
「切るって言っても、別に会ってるわけでもないし、実際向こうにだって彼氏とか....」
「切れないの?」
「まって、ナオキ。聞いて?」
「切れないんでしょ?」
「切れないっていうか、元カレたちとは何年かいるうちに家族っていうか、兄弟みたいな感覚だから、そういう恋愛とかやましいことなんてないから」
「じゃあ向こうがご飯でも行こうって言ってきたらどうすんの」
「それは.....」
「行くでしょ?」
「行くかもしれないけど.....」
「かもしれないじゃないよ、行くよ」
「でも心配するようなことなんてないし」
「それはそっちの言い分だろうが!」
怒鳴り声と同時に「ガッシャーン!」と食器の割れる音が部屋中に響く。
隣の部屋のダックスたちも騒ぎ出した。
床に散らばった食事の残骸を見て呆然とすること数秒間。
頭が真っ白になった。
ナオキは立ち上がると隣の部屋に向かい「うるせぇ!」と怒鳴りながらドアを一蹴りする。
間もなく、ガン!と重たい玄関のドアの音がしてナオキは姿を消した。
一旦は吠えるのをやめたチョコとチップはナオキが出ていく気配と共にまた鳴き始める。
会話の内容よりも、あんな風に怒鳴るナオキに正直驚きだ。
なにが起きたのかわからないまま、とりあえず俺は食べかけの料理や割れたお皿たちを無意識に片付けていた。
つづく
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