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第3話
「……なべ、……間部」
背を軽く揺すられて、間部は瞬きを繰り返しながらしょぼつく目を開いた。
「そろそろ帰るぞ。あんまり遅くなると明日に響くだろう」
すっかり身支度を調えた大樹が、裸のままの間部を見下ろしていた。肩の冷え方からすると、かなりの間意識を飛ばしていたらしい。腰から下が鉛のように重怠く、腹の底にじんわりとした余韻が残っている。
年甲斐もなく、相当派手にイキまくったようだ。苦笑いするしかない。
「……ぅ」
ベッドに手をついて体を起こすとあちこちが痛んだ。
若い頃と違って、急に激しい運動をするとすぐガタが来る。明日は車での移動が多かったことを思い出し、間部はうんざりした溜息をついた。これは腰に来そうだ。
緩慢な動作で服を着る間部の前で、大樹はてきぱきと間部の分の帰り支度をしてくれている。あんなに激しく動いたくせに、若者の体力というのはまったく底なしで、間部にはとても太刀打ちできない。
「ん……」
ベッドから立ち上がろうと力を入れかけて、間部は尻の中から粘液が溢れ出てきた感触に顔を顰めた。
……今日もまた中出しされた。
いつもあれほど嫌だと言ってあるのに、少し油断するとすぐ中出しされる。下着は汚れるし、腹具合も悪くなるから本当に困るのに。大樹にはもう少し気遣いというものを求めたいものだ。
腹が立つので、帰りの車の運転は任せて少し眠ろう。夜遅くまでの長時間労働ですっかり疲れてしまった。
「間部、指輪忘れてるぞ」
ベッドから離れた間部に、大樹が指輪を手渡した。どうやら知らない間に落ちてしまっていたらしい。
「ありがとうございます」
間部は丁寧に礼を言ってそれを受け取った。
死別した妻との結婚指輪だが、指が痩せたのか緩くなって、近頃知らないうちに抜けてしまっていることがある。そろそろ店に持って行ってサイズを合わせてもらった方が良いかもしれない。
「…………?」
何気なく指輪の内側を見ていた間部は、眉を寄せて目を凝らした。
どこにでもあるような飾り気のない指輪の内側には、確か自分と妻のイニシャルが刻印されていたはずだ。だが、どうも別の文字に見える気がする。
「――――D……♡……S……?」
角度を変えて眺めてみるが、ホテルの照明があまり明るくないので細かい文字ははっきり見えない。意地を張って裸眼で過ごしてきたが、そろそろ老眼鏡も必要かと唸りながら、間部は明るい方へと指輪をかざす。
「おい、もう出るぞ。忘れ物はないか」
指輪を近づけたり遠ざけたりして眺める間部に、二人分の鞄を抱えた大樹が呼びかけた。
せっかちな大樹はドアを開けて半分外に出てしまっている。余韻も何もあったものではないが、恋人同士なわけでもないので文句を言う筋合いはなかった。それに、こんな場所で知り合いとすれ違いでもしたら目も当てられない。
「はい、直ぐに参ります」
明日こそはなんとしても残業なしで定時退社させてもらおう。週に三日以上もこんな時間外労働していたのではまったく体がもたない。
間部は急いで指輪を嵌めると、痛む腰を叩きながら小走りに大樹の後を追った。
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